第135話 ゆきなちゃんと五十嵐麗奈

 巨乳美少女の青山夏帆から解放された俺は、そのまま御影の付近にあるひがしむら珈琲店にやってきた。


 最近は、この店が俺たちの溜まり場となっている。西園寺刹那と一悶着あってからは、彼女は俺の家にくることがなくなったので、自然な流れで俺の家に平和と静寂せいじゃくが訪れた。


 だから、この店で授業をやるのは、俺の家を守る意味もはらんでいると言うことができるだろう。


 なんてことを考えていると、店の前で手をブンブン振っているゆきなちゃんが目に入った。


「お兄ちゃん!」


「ゆきなちゃん。こんばんわ」


 俺の挨拶にゆきなちゃんはニコニコしながら俺の手を握った。


「え?」


「どうした?」


 俺の肌を誰かが触るのは正直嫌いだ。だから俺は条件反射的に動揺してしまったが、ゆきなちゃんの顔を見て、我に返ることができた。


「なんでもない。中入ろうか」


「うん!」


 店の中に入った俺たちを迎えてくれるのは、薄亜麻色髪の小柄な美少女メイドさんだった。


「いらっしゃいませ」


 お仕着せのメイド服を身にまとった五十嵐麗奈は、なかなか品がある。彼女が中世ヨーロッパ時代に産まれたら、おそらく王族に仕えていたのではないだろうかと思わせる容姿だ。


「二人です」


「かしこまりました」


 彼女と俺は、小学生の頃、6年間同じクラスだった。そして今は、彼女は俺の攻略対象だ。


 だけど、俺は仕事をしている彼女にアピールしたり話をかけたことは一度もない。お客さんとメイドさんという距離を保ってきた。


 仕事の邪魔になるだけだろうし、俺のような根暗なヤツが知り合いだと噂されたら、五十嵐麗奈の評判が悪くなる。


 だから、ここでの俺はお客以外の何者でもなく、目立たないようにしよう。


 俺とゆきなちゃんは五十嵐麗奈の案内にしたがい、4人テーブルの椅子に腰掛けた。


 そして各々注文を済ませると、五十嵐麗奈は歩き去った。


 しばし沈黙が続くが、長くは続かない。


「明日、楽しみだね!」


 ゆきなちゃんは上目遣いで俺を見つめながら言った。


「そうだな」


「お兄ちゃん、なんだか反応がうすいよ」


 と言ってゆきなちゃんは、ジト目を向けてくる。


 でもな。そう言われてもな。無理矢理喜ぶ自分を演じる方が余計気持ち悪いと思うんだけどね。


 五十嵐麗奈のお兄さんは映画俳優だから、きっと演技でなんとか誤魔化せると思うんだが、俺にそんなスキルはない。


「そうか」


 俺は髪をガシガシしながら言った。


「お兄ちゃんは別荘とか、旅行とかに行ったことある?」


「旅行か」


 旅行ね。

 

 俺は天井を見上げてから、再びゆきなちゃんを見る。そして数秒間、過去の記憶まさぐるように振り返った。


「大学入ってからは、一人旅行はいっぱい行ったぞ」


 一人旅行めっちゃ楽しいよ。人の目を気にする必要もなければ、人の顔色を伺う必要もない。


 だが、自信満々な表情で言う俺をゆきなちゃんはいぶかしむように見つめる。


「友達とか家族と行ったことは?」


「え?」


 うん?なんで?


「なんでそんなこと聞くんだ?」


 俺は眉間にしわを寄せてゆきなちゃんに質問を投げかけた。すると、ゆきなちゃんはうつむいて自身なさげにため息をつく。だが、やがてまた上目遣いで俺を再び見つめてきた。気のせいかもしれないが、ゆきなちゃんの目尻が照明を反射させてキラキラ光っているように見える。


「お兄ちゃんのことが知りたくて…」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る