第124話 例えば…こうとか? 

「はい。普通にすごくイケメンです」


 やっぱり、俺はイケメンだったんだな。だが、決してお調子者の様にふんぞり返ったりはしない。


 いくらイケメンだからと言って、必ずしもモテるとは限らない。俺の歩んできた人生がそれを如実にょじつに物語っているから。


 俺が納得顔で頷いていると、蒼井健司さんが話を続ける。


「見る限りじゃ、筋トレはされてないみたいですし、私のジムにきていただければ幸いです。三週間後にオープンしますので」


 コンビニ内では営業行為は禁止されている。だが、この男は話し方といい、見た目といい、他のところでもこういうふうに営業をやっているようには見えない。


 カルト宗教や変なマルチ商法の人々からもたまに話をかけられるんだが、ああいう目がってる連中は顔を見ただけでも間引くことができる。


 だからわかるのだ。この男の目的は、ただ単に宣伝のために俺を自分のジムに招待したいだけ。それ以上もそれ以下もない。


 確かに顔は怖いが、俺をいじめた連中のような腹黒さはこの男から見出すことはできない。


 俺はそう思いながら、ずっとこの男の名刺を見ている。

 

 どうしよう。どう反応すればいいんだろう。この青年に悪意はない。かといって、このゴツい男と関わるのは、やっぱり今の俺にはできない。だって、俺は小心者だもん。


 十数秒が経った。


 この男は一向に帰る気配を見せない。俺をじっと見つめるだけだ。悪意も善意もない表情。


 時計の針だけが進む静かな空間に向かい合う男二人。


「先輩」


「ひやっ!」


 うわびっくりした。間延びした声でも、いきなり耳に入ってしまうと、びっくり仰天だ。


 おかげで、変な声出してしまったじゃないか。


「青山か。早いね」


「お疲れっす!先輩さっき出した声、めっちゃかわいかたっすよ!ひひ」


 俺と交代するはずの青山夏帆は大きな胸を強調させるように両手を恥骨のところで組んで俺を見つめている。今日も露出多めのジーンズショートパンツに鎖骨が見えるTシャツを着ているな。

 

「ああ、すみません。私は帰りますので。建前上は三週間後にオープンですが、店自体は二週間から開けるので。では」

 

 蒼井健司さんは言い終えると、着ている半ズボンがはち切れるほどの太ももを動かして歩き始める。手にはスポーツドリンクの入った2Lペットボトルが3本も入っているレジ袋がにぎられている。ムキムキの筋肉質のため、まるでそれが500mlのペットボトルのように見えた。


 なんにせよ、インパクトはすごかった。


 蒼井健司さんが去ったあと、青山夏帆がさりげなく聞いてくる。


「誰ですか?」


「ジムのトレーナーだってよ」


「やっぱりあんな体してりゃ、ほとんどそっち系ですね」


「まあ、な」


 俺の相槌あいづちを最後に話が途切れた。


 気まずいな。上がるにはまだ40分ほどの時間が残っている。なんでこんな早くきたんだよ。俺が青山夏帆と話し合うようになる以前も早くきたが、ここ最近は、青山夏帆は大学とか用事などで忙しい時を除けば、ありえない時間帯に顔を出すこともある。


 この沈黙を利用して、俺が前に立っている青山夏帆に思いを巡らしていると、彼女は何か面白おかしいものでも見つけたのか、目尻と口角を釣り上げていう。


「今日は胸、見ないんですね」


「見ないよ」


 全く、今日ってなんだよ今日って。まるで俺が四六時中、青山かほの胸ばかり見ているように聞こえるじゃないか。


 まあ、たまには見るけどね。


 俺がげんなりしていると、青山夏帆はさらに俺に近づいてきた。つまり至近距離だ。


「せんーぱい」


「な、なんだよ急に」


 相変わらず間延びした声だが、若干の色気が感じられる。


「デート、いつやるんですか?」


 青山夏帆の息遣いが感じられる。それと同時に、いつものフローラル系の香水のいい香りも。

 

 この子のペースに飲まれるわけにはいかない。


「今は仕事中だ」


「へえ。終わったら今度こそは答えてくれますね?」


「い、いや…それは…」


 俺は口籠もってしまった。コミュ力達人級のリア充のみが許される丸く収めるスキルを俺は知らない。


 でも、不思議なのは俺がこういう中途半端な態度をとっても、青山夏帆は顔色一つ変えない。


 俺にできるのは、それっぽい言葉をつらねて逃げることのみだ。


「別に俺じゃなくても他の子とデートすればいいだろ」

 

「他の男は面白くないんですよ」


「つまり、俺はお前のおもちゃか」


「人聞きの悪いことは言わないでくださーい。ひひ」


 悪びれることなく言ってくるな。


 行き詰まった時には、無理やりやり方や、考え方を変えたらむしろ逆効果だ。つまり、妥協点を探すしかないだろう。


「まあ、なんだ。時間があればな」


「へえ、今日は50点」


「なんの点数だよ」


「先輩がどらくらい上手いこと私の毒牙から抜け出せるかの点数です」


「なんでそんな低いんだ」


 俺の問いに、青山夏帆は天井を見ながら思案顔で考え込んでいる。やがて、何かがひらいたのか、目をパチパチさせると、俺に話す。


「逃げ方があまりにも単パターン過ぎて食傷気味って感じですね。もうちょっと工夫した方がいいっすよ」


 なんで俺がお前のために逃げ方を工夫しないといけないんだ?お前が絡んでこなきゃ全てが順風満帆じゅんぷまんぱんだよ。と、心の中ではそうは思いつつも、口には出せない俺はなんと情けないやつか。


 俺は無難なワードをりすぐって吐く。


「工夫ってなんだよ。話が抽象的だ」


「確かに、そうっすね」


 青山夏帆は納得顔でうんうんいいながらしばし考えると、やがて俺を目を真っ直ぐに見つめる。


「例えば…こうとか?」


 手に柔らかい感触が伝わってくる。


 マシュマロよりもやわらかい脂肪しぼうの塊は、俺の手の全てを包み込む勢いだった。


 そう。青山夏帆は俺の手を掴んで、自分の大きいな胸にそのまま持っていったのだ。


「ななな…なにをやってるんだ?!」


「こうした方が刺激的でいいでしょ?」


「出鱈目いうな」


「先輩は逃げられませんよ?」


 目尻と広角を釣り上げて俺をこれでもかというくらい挑発する青山夏帆。一つ変化があるとすれば、彼女の顔が少し赤くなった点。


 ていうか、ここコンビニだぞ!







追記


ハートを500個もいただきました!


検索欄に臆病者ってキーワードで検索したら、2番目に出るようにもなりました!


皆様方がハートと星をたくさんくださったお陰です!


そしてコメントを寄せてくれた方にも感謝します!


より多く読者の方々とコミュニケーションを取りたいので、小説の内容と関係ない話でも構わないので気軽にコメントを寄せていただけたら嬉しいです!


読むだけでも全然大丈夫です!


本当にありがとうございます!


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