第119話 仲直りして!
一瞬、総毛たった。よりにもよってこんな小さな小学生からあんなことを言われるなんて。腹が立つというよりかは、一発食らったと言った方が正しいかもしれない。
俺が臆病者だという自覚はもちろんある。だが、俺の考える臆病者とゆきなちゃんが考える臆病者とじゃ
俺は首を逸らしてボソッという。
「その通りだ」
まあ、要するに俺のコミュ障なところは、小学生の目でもすぐわかるほど深刻だというのか。
別に悔しがる理由なんかこれっぽちないのに、気がつけば、俺は
「臆病者だけど、命をかけて私を助けてくれるんだ」
そう言われた俺が、視線をゆきなちゃんに戻すと、自分のスカートをぎゅっと握り込んで、俺を穏やかな表情で見ている。頬にはすでに朱が差し、エクボができていた。
俺はゆきなちゃんのこの可愛い反応をそのまま受け止めることはできない。この胸の痛みがそれを物語っているのだ。俺がゆきなちゃんを燃え盛る電車の中から救ったのは、単なる己の自己満足に過ぎないのだ。俺の捻くれた思想に基づく行動以外のなにものでもない。
それを最も知っている俺だからこそ、あの優しい表情は、心に突き刺さるものがある。
ゆきなちゃんはしばし
「じゃ、なんであの時、死のうとしてたの?」
ああ、やっぱり覚えているんだね。しかしごめんよ、ゆきなちゃん。その問いに答えることはできないから。これは、俺の歩んできた人生と深く関係があるのだから、ゆきなちゃん、
代わりに俺は優しい嘘を
「何言ってるんだ。俺は今こうやって生きているんだ。死ぬとかありえない」
俺は胸を張ってゆきなちゃんに対して明るい顔を作った。だが、心は相変わらず何者かによって締め付けられたままだ。この痛みはいつになったら消えるのかは誰も分からない。だが、いずれ、この痛みは時間とともにだんだん弱まり、俺が痛みを感じないほど小さくなっていくのだろう。
それまでの我慢だ。
ゆきなちゃんは
幸いなことに、ゆきなちゃんは表情を変え、再び穏やかな面持ちで俺の顔を見る。
「そう…だよね。お兄ちゃんは今生きている!」
「そうだ。勝手に
「へへへ」
ゆきなちゃんは面映いのか、後ろ髪を触りながら笑みを浮かべた。まあ、これで一件落着ってところか。
そろそろお
と踏んだ俺は、
「まあ、そんなわけで、俺はそろそろ…」
「ちょっと!待ちなさい!」
またお嬢様口調で言われた俺は、立ち上がりかけてしまったので、中途半端なポーズになった。
「え?また何かある?」
痺れる足と、体に負荷がかかるポーズなので、顔を
「とりあえず座って」
「はあ」
俺は深々とため息をついてから渋々また正座する。話はあらかた終わったはずだが、また何かあるのか。
いずれにせよ、ロクな話ではなさそうだな。
「お姉ちゃんと仲直りして」
ほら、俺の予想通り。
「別に俺と西園寺は仲直りするほど仲よくないんだけどな」
俺にとって西園寺刹那という存在は、ただ単にゆきなちゃんのお姉さん。
お互い行き違いや勘違いはあれど、仲直りという
だが、ゆきなちゃんは違うらしく不満げな表情で駄々をこねる子供さながらに
「仲直りして!」
「いやそれはだな」
「して!」
「いやそ…」
「やーだー!お姉ちゃんと仲良くして!私とお兄ちゃんとお姉ちゃんで
「三位一体って…一体どこからそんな小難しい単語覚えたんだ?」
「そんなどうでもいい質問で話
少しでも刺激されたらキレる子供ばりに膨れっ面を作ってみせるゆきなちゃん。
いや、でもここで引き下がるわけにはいかない。
「西園寺が俺と仲良くしたいかどうか分からないだろ?」
「んんんんんんんんんんんん!」
やばい。ゆきなちゃんの顔がマジでやばい。怒りのゲージがマックスに達しているようだ。やっぱり、前言撤回。これは素直に謝って、機嫌を治してもらった方が得策だ。
「ゆき…」
俺の話はゆきなちゃんにあっさりと
「お兄ちゃん!そのうちわからせてやるかなね!」
「え?」
何をわからせるつもりだ?話の流れ的には西園寺刹那が俺と仲良くしたいということをわからせるってことでいいよね?だとしたらまずまず謎だらけだな。
「もういいの帰っても!ふん!」
ゆきなちゃんは怒鳴り散らかすようにそういうと、プイッと顔を逸らした。
よし!いよいよ解放されちゃうわけだ。
ゆきなちゃんの様子が心配ではあるが、このまま俺が長いしても事態はもっと悪化すること請け合い。
そう考えた俺は、素早く立ち上がって、ドアまでたたたっと
「んじゃ、金曜日まで宿題ちゃんとやっとけよ」
「ふん!」
「またな」
「ふん!」
怒っている割には「ふん」ってちゃんと反応してくれるあたり、ゆきなちゃんらしいな。
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