第117話 ゆきなちゃんは怖い女の子

 今までのこともあって、無事に授業を終わらせるのができるのかと少し心配していたが、案外ゆきなちゃんが猛烈の勢いで算数の問題集を解いてくれた。おかげさまで予定より30分ほど早く終わりそうだ。


 答練を繰り返している時のゆきなちゃんは、勉強の神様に取りかれたかのようにもの凄い集中力を発揮させている


 並の人間だったら、これくらい頑張れるわけだから、普段のだらしない態度を責め、これからもこの調子でやってもらう事を強制するのではなかろうか


 それが自分にとって成果になるのであれば、なりふり構わず、他者を犠牲にするのだろう。


 みんなそうやって調子に乗るんだよね。


 強圧的な雰囲気を出して強引にやらせる方法を使っている人間は履いて捨てるほどいる。


 だが、それは本人のためにならない。新たなサーバントを量産するだけだ。


 ゆきなちゃんは別に勉強がやりたいから今こうやって頑張っているわけではない。授業が終わらないとできない「何か」があるから精を出しているのだ。


 今は苦しいけど、楽しくて幸せな未来が待ち受けていると言う希望をいだかせるやり方もまた存在する。


「終わったよお兄ちゃん!」


 俺が思索にふけっていると、ゆきなちゃんは大声で言いながら俺の上着のすそを引っ張ってきた。


 おお。びっくりしたな。


 俺は気を落ち着かせてから言う。


「んじゃ、見てみようか」


「うん!」


 ゆきなちゃんは自信満々に胸を張って答えた。俺は素早くゆきなちゃんの問題集を自分のところに持ってきて採点を始める。


 応用問題10問と若干ボリュームのある量だが、全部正解。素晴らしい。家で復習をきちんとしないと解けない程の難易度だが、こんなにあっさりと全部当ててしまうなんて。


 俺は感嘆しながらゆきなちゃんにたずねた。


「本当に平均9点?」


「うん」


「すごいなゆきなちゃん。全部正解だぞ」


「そりゃ、頑張ったから。授業もう終わりだよね?」


「う、うん」


 普通の子供なら、頑張ったからご褒美が欲しいみたいな事を言うに違いない。が、ゆきなちゃんは、えらぶることなく、淡々と言ってのけた。

 

 俺は丸だらけの問題集をゆきなちゃんに渡してから宣言する。


「授業は終わりだ。んじゃ、俺は帰る」


 普段より早いタイミングではあるが、そろそろ切り上げても良かろう。俺はすっと立ち上がって部屋を出ようとしたが、小さな手が俺の手首を掴んだせいで、軽く阻止そしされた。


「どこ逃げようとしてるのお兄ちゃん?本番はこれからでしょ?」


「…」

 

 反論や言い訳なんかできるはずもなく、ただただたたずんだままこの可愛い幼女を見つめている俺。


 この幼女は真剣な眼差しを向けながら指差し命令する。


「正座して」


「え?」


「正座して」


 このガキめ。


 やろう。


 俺は言われるがまま、ゆきなちゃんが指で示した位置で正座した。ゆきなちゃんは俺が座っていた大きめの椅子に腰掛け、女王様のように足を組んで俺を見下ろしている。


 パンツがチラチラと見えちゃうのは不問にしておこう。


「なんで俺はゆきなちゃんの部屋で正座をしてるの?」


 俺の質問を聞いたゆきなちゃんは急にコメカミに手を当てた。それからギロリと音がするほどに俺を思いっきり睨みつけてきた。

 

 こ、怖い。この目、ゆきなちゃんもできるんだな。さすが姉妹。血は争えぬってやつだな。


「二日前の月曜日に、お姉ちゃんとなにがあったのかつまびらかに話てもらおうか」


 低いトーンで発せらるゆきなちゃんの声は背筋を舐め回すように俺をとらえる。


 だが、ビビってはならないんだ。相手は小学生。俺は24歳だ。つまり大人。


 大人の余裕を見せたろう。


「べ、別にな、な、にゃんもなかったよ?」


「はあ?」


「実は、一悶着ありました」


 いとも簡単に、小学生に負けてしまった。


 だって、あんなゴミ虫をみるかのような表情で睨まれると、本当に洗いざらい吐くしかないと思えてしまう。五十嵐麗奈としのぎを削るほどの圧だ。


 今日のゆきなちゃんは色々とギャップがありすぎて萌えますね。その萌えに押しつぶされて窒息死しそうなのが玉の傷だが。

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