第107話 私って可愛いから処女にも価値があるのよ

 しばしたつと、ピザはなくなり、俺たちは紙コップに入っている炭酸飲料をちびちび飲んでいた。


 食事中には「食べ物を口の中に入れる」という都合のいい明確な理由があるから幾分かマシだが、今は気まずさを感じている。迫り来る詰問が俺を待ち受けていることを知っているから。


「で、USJで西園寺刹那さんと何があったのか詳らかに話してちょうだい」


 五十嵐麗奈は真剣な顔で、そう話した。だが、西園寺刹那を攻略するという目的は無くなった。


 人間に勝ちたいという気持ちに任せて引き受けた五十嵐麗奈からの提案だが、やっぱり実際西園寺刹那と接してるうちに、「これじゃない」感が半端なかったので、俺の方からやんわりと関係を切った。


 五十嵐麗奈がせっかく俺の為を思って考えてくれた提案を反故にしたのに対しては申し訳ないと思いっている。


「別に何もなかった」


 俺はそう短く答えたけど、五十嵐麗奈はどうやらご満足いただいてないご様子。眉根を寄せて言う。


「本当になんの進展もなかったの?」


 ちゃぶ台の前に座っている五十嵐麗奈は上半身を前のめり気味に乗り出しては俺をじっと見つめる。


 吸い付いた肌と整った目鼻立ちと小さな顔はまるで職人によって制作された蝋人形のようで、圧倒されてしまう。


 俺は目を逸らしてから小声で話す。


「そもそも五十嵐さんが考える攻略ってなんだよ」


 そう。何事においても言葉の定義をまずきちんとしてから物事を進めるのが定石じょうせきだ。まあ、この場合は、あえて話題を逸らすための戦略に過ぎないが。


 五十嵐麗奈は乗り出した上半身を引っ込めて、座り直してから言う。


「あら、露骨に話題をそらそうとするなんて、感心しないわね。藤本くん」


 くぬぬ。


 バレてしまったのか。

 

 俺が唇を噛み締めて悔しがっていると、五十嵐麗奈は勝ち誇ったように含み笑いしてから口を開く。


「まあ、別にいいわ。私が考える攻略の定義ね…」


「攻略と一言で言ってもピンからキリまであるし」


 そう伝えた俺は紙コップを手に取り、飲み物を一口飲んだ。


「セックスよ」


「ヴハッ!ゲホ!ゲホ!」


 想定外の単語を耳にした俺は、そのまま吹いてしまった。な、なんだよこの子は!


 運よくちゃんと手で押さえていたので、液体が五十嵐麗奈のところまでは飛ばなかったが、炭酸飲料が鼻に入る気持ち悪さが伝わってくる。


「あら、藤本くん。品がないわね」


「誰のせいだ…」


 俺は呆れた顔でコップを置き、五十嵐麗奈を睨んだ。すると、彼女は素早く隣にあったティッシュペーパー数枚を俺に渡した。それを手に取り、俺は口周りを拭く。


「あら、やっぱり童貞には刺激が強かったかしら?」


 五十嵐麗奈は挑発的な態度で俺を見下すような発言をした。本当にムカつくやつだな。


「お前も処女だろうが」


「私は守っているだけなの。私って可愛いから処女にも価値があるのよ」


「自分の口で言っちゃったし」


 確かに、五十嵐麗奈は超美少女で、この前ヘップファイブで会った時も男たちの視線を一瞬にして浴びる注目の的だった。


 自分が可愛くて綺麗だということを知っていてあんなこと言っているわけだから余計タチが悪い。


 俺がげんなりとした顔でため息を吐くと、向こうで傲慢ごうまんな態度を取っていた五十嵐麗奈は、はたと目を見開いて申し訳なさそうに頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!つい、普通の男を接する時の話し方で喋ってしまったわ」


「だ、大丈夫だ」


 この女は普通の男の子と話す時にはああやって毒舌女になるのか。昨日の電話だって、ホラー映画に出てきそうな、とんでもない単語を並べ立てたし。


 でも、俺はこの美少女に伝えないといけないのだ。


 数秒間、沈黙が続き、俺のメンタルも話せるレベル程度には回復をげた。


「西園寺の件だけど」


「ええ」


「昨日を境に、もうあの子との関わりは無くなった」


「え?どうして?彼女から何か言われた?」


「いや。そうじゃくて」


 五十嵐麗奈は当惑する様子を見せる。でも、これは俺が決めたことだ。だから最後までちゃんと言う。


 俺は彼女にことの顛末てんまつを包み隠さずに伝えた。もちろん俺がゆきなちゃんを救ったことは言ってない。


「なるほどね。よくわかったわ」


 俺の話を全部聞いた五十嵐麗奈は、納得顔でうんうん言いながら言った。


「何がだ」


 俺は後ろ髪を引っ掻きてから聞き返した。五十嵐麗奈は悲壮感漂う表情で口を徐々に開く。


「藤本くんがすえぜんをひっくり返すことの名人だということをね」


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