第91話 先が思いやられるね

 そう問われた西園寺刹那は顔をこわばらせて、奥ゆかしい感じの子を警戒している。どうやら知り合いではなさそうだ。


「そ、そうなんですけど」


 西園寺刹那は自分の肩をすくめて、後ずさって俺の方に近寄っている。その反応を見た女の子二人は、慌てて手をブンブン振りながら、自分は無害な人であることをアピールした。


「あ、安心してください!私たちも神戸大学に通っている大学生だから!」


「そうですか」


 奥ゆかしい感じの子は、西園寺刹那が不安がる様子を素早く察知して、適切な言葉を混ぜて弁明した。なかなか気の効いた子だな。


 二人のやりとりを見ている途中、足に妙な感触が感じられた。見やれば、ゆきなちゃんが、俺にくっついて西園寺刹那と奥ゆかしい感じの子とのやりたりを興味深げに見ている。


 しばしたつと、奥ゆかしい子の隣にいた、グルグルメガネの女の子が口を開いた。


「やっぱりすごく美人ですね!こんなに近くでお目にかかれるなんて、光栄至極!」


「は、はい…ありがとうございます」


 西園寺刹那は最初に見せた明らかに警戒する眼差しは送らないものの、笑って誤魔化している。


「その後ろにいる…鼻血が出るほどきゃわいい女の子は妹様ですね?」


「はい。そう、です…え?!鼻血?!大丈夫ですか?」


 グルグルメガネはゆきなちゃんを見た途端とたんに鼻血が出る。


「ちょ!加奈子ちゃん!しっかり!興奮しちゃだめ!」


「あああ…至福」


 奥ゆかしい子は慌ただしい様子で加奈子というグルグルメガネの鼻にティッシュをねじ込む。それから、力強く背中をぱんぱんとはたいたが、加奈子というグルグルメガネの顔は相変わらず法悦ほうえつに浸かっていた。


 な、なんだこのコンビは。本当に変な人たちだな。


 数秒がたち、やっと、正気を取り戻したらしいグルグルメガネは壁にもたれかかって休憩を取っている。奥ゆかしい子は頭をぺこぽこ下げて謝罪していた。


「ごめんなさい!ごめんなさい!加奈子が迷惑をおかけしてごめんなさい!」


「いいえ。構いませんよ。頭を上げてください。写真も撮ってくれましたし」


 西園寺刹那はそう言って手を胸の前でブンブン振りながら、奥ゆかしい子を落ち着かせている。


 最初は少し胡散臭うさんくさい印象だったが、言動と表情を見るに、俺たちを犠牲ぎせいにして何かを得ようという浅ましい魂胆こんたんは見当たらない。だが、警戒モードを完全に解除するのはよろしくない。と踏んだ俺は、この謎の女の子二人の観察し続ける。


 加奈子というグルグルメガネは多量出血のためか、虚空こくうを見上げて深呼吸を繰り返している。残るはこの俺をジーと見つめている奥ゆかしい子。え?なんで俺見てる?


「あ、あの」


「うん?俺?」


 なんか俺に話でもあるのかな?


「彼氏さんもすごくイケメンで、3人を見ていると、なんだかまぶしすぎて目がおかしくなりそうです!」


「かああ…」


 西園寺刹那が意味不明な奇声を上げた。もちろん、俺も変な声が出そうになったが必死に抑えて口を開いた。


「い、いや。俺たちは別に…」


「大丈夫ですよ!私たち、ここで起きたこと絶対他人に言いませんから!家族にも言いません!」


「いや、そういう話じゃなくてだな…」


「お邪魔して申し訳ありませんでした!それでは、失礼します!行こう加奈子ちゃん!」


 そう言い捨てて、グルグルメガネの手をとり、全力で走り去る二人を、俺とゆきなちゃんは呆然ぼうぜんと眺めた。


「お兄ちゃん。なんか変わった人だったね」


「そうだな」


 ゆきなちゃんと俺はげんなりしながらあの女の子が走り去った方向を見た。もちろん、ものすごい早い速度で走ったため、姿はもう見えない。見えるのは、両手で顔を隠して何かを呟いている西園寺刹那。


「か、彼氏…」


 俺は様子のおかしい彼女に近寄って心配そうに言った。


「西園寺、どうかしたのか」


「い、いいえ!なんでもありません!」


「…それよりさ」


「はいっ!?」


 西園寺刹那が大丈夫だということが確認できたので、気になることを言うことにした。


「誤解、広まらないようにあの子らに言っといた方がよくないか?」


「な、なんの誤解ですか!?」


 いや、言わなくてもわかるでしょ?もしかして、わざと俺に言わせようとしているのか?だとしたら、なかなかやるな。


「そ、その…俺が西園寺のか、彼氏という誤解」


 ちくしょ、恥ずかしい。もちろん、西園寺刹那と付き合うというのは絶対ありえないのだが、さしもの藤本悠太といえども、「付き合う」というキーワードには抵抗があるのだ。


「な、なるほど!そ、それは私がなんとかしますので、ご心配なさらず…」


「そ、そうか。なら、頼むぞ」


「は、はい…」


 気まずさがMAXに達している俺たち二人なのだが、ゆきなちゃんはそんな俺たちを実に微笑ほほえましく見つめている。そしてある言葉を呟いた。


「先が思いやられるね」


「ゆきなちゃん、なんか言ったか?」


「いいえ。なんでないよお兄ちゃん!」


 よく聞こえなかったゆきなちゃんの言葉を確かめようと話かけたが、ゆきなちゃんは答えてくれない。


 代わりに、小悪魔っぽい笑みを浮かべて、俺の瞳を真っ直ぐに見ていた。

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