第88話 藤本悠太は人々を鑑定する

X X X


 微睡まどろみはあっという間に、終わった。目を開ければ、車はすでに駐車場に止まっており、誰かが俺の名前を読んでいる。


「お兄ちゃんおきて」


 まだめやらぬ目をこすりながら焦点を合わせると、至近距離でゆきなちゃんが俺をジーと見つめている。


「うわ、びっくりした!」

 

 驚いた俺は、座ったまま後ずさって、動揺した眼差しをゆきなちゃんに向ける。


 子供だった頃から今に至るまで、目が覚めたら周囲には誰もいなかった。お母さんは朝早くから仕事で家にはいなく、お父さんはどこで何をするのかも分からない。大人になって一人暮らしを始めた頃も、ずっと一人だったため、起きたら基本誰もいない。それが当たり前だった。


 だが、起きたら目の前にはゆきなちゃんがいて、後ろには西園寺刹那が興味津々きょうみしんしんな目で見ている。


 見慣れない光景に口を半開きにしている俺にゆきなちゃんは笑顔で口を開く。


「行こう!」


 ゆきなちゃんは期待に満ちた瞳で俺をとらえた。俺は何がそんなに楽しいのかなとこころの中で疑問に思いつつ、返事をする。


「うん。行こう」


X X X


 かくくして、俺たちはUSJに来ている。チケットは西園寺刹那が取ってくれたので、その代金を渡そうとしたら、必死に拒否きょひられたので、仕方なく諦めてしまった。なんであそこまで頑固がんこなのかは知らんけど、あとでタイミングを見計らって西園寺のお父さんか西園寺京子さん(お母さん)にでも渡しておこう。


「USJだ!」


 嬉々ききとした面持ちでハリウッドエリアを見回すゆきなちゃん。テンションが上がっているゆきなちゃんを見失わないように、西園寺刹那は距離を縮める。

 

 それにしても、すごいな。俺は生まれてこの方、USJに行ったことがないのだ。関西に住みながらUSJに足を踏み入れたことがないなんて、常識的に考えたらありえないことのように見えるのだが、俺はそういった常識の斜め上を歩く男だと言えよう。


 人間はおのれの余暇を楽しむために、時には自分と同じレベルの人々と組んで、こういった実にきらびびやかなところで遊ぶ姿を他人に見せつけることによって、自分の優位性を確かめる生き物だ。


 場所の派手さが人間を立てるとでも言っておこうか。


 実にいろんな人々の姿が見当たる。


 大別すると、カップルと思しき男女、男同士、女同士、男女グループ、家族といったところか。


 前を歩くカップルの内、男は、やたら彼女の腰やらお尻やらを触っている。きっとこのUSJをきっかけにいい雰囲気を作って自分の欲求を満たそうとするのだろう。


 男同士はどうだろう。


 女の集団が通りすぎる時見せるハイエナのような眼差しはさかりのついた犬そのものだ。


 女集団は、「誘えるものなら誘ってご覧なさい」とでも言いたげな挑発的な視線を男集団に送っている。


 おお、まるでBBCとかが制作した動物ドキュメンタリーに出てくる、メスをかけたおすたちの壮絶な争いを彷彿ほうふつとさせる場面である。


 男女グループも大して変わらない。俺たちの前を通りすぎる、女4人男4人のグループの人々が飛ばす視線の数々だけでも全容が伝わってくるのだ。


「ゆみちゃんマジその服可愛くね?俺のストライクど真ん中だわ」


「あっそ?」


 お調子者のような口調でゆみちゃんという女の子を褒めたが、素気無くあしらわれてしまった。


 それから、ゆみちゃんという女の子は表情を変えて、イケイケそうな男の子のところに寄ってしなを作り始める。


「ねえ、隼人はやと、どこ行くの?」


「とりあえず皆んなが楽しめるところに行こうか(笑)」


「やっぱり隼人は優しい」


 そう言って、ゆみちゃんという子がさりげなく隼人という爽やかイケメンにスキンシップを仕掛けてきた。


 その瞬間、グループ内にいた女の子らと男の子らが凄まじい嫉妬しっとの混じった視線をあの二人に送る。


 やだな。もし、俺があの殺伐さつばつとした空気の中にいたら、即逃げる自信がある。


 本当にけものの饗宴であり狂宴だ。


 でも一つ教えると、あの爽やかイケメンの表情を見るに、ゆみちゃんは本命ではないらしい。残念だったなゆみちゃん。


 一つ確かなのは、あの中にはカースト制度が成り立っている。あの隼人という爽やかイケメンがおそらく最上位クラス。残りは、見た目といい、言動といい、似たり寄ったりって感じだな。


「藤本さん、なんだか目がいつもより腐ってますよ」


 



 

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