第74話 ゆきなちゃんの本音
泣きっ面のゆきなちゃんから発せられた一言に、一瞬どよめきが走った。この子の発言はあまりにも現実離れしていて、その言葉自体は耳にすんなり入ったが、言葉の意味するところはまったくといってもいいほど、脳が理解できずにいる。
「ゆきな!な、な、ななにを言ってるの!」
唇を震わせながら言い返す西園寺せつなの顔からは当惑した様子がすぐ窺えるほどテンパっている。頬はたちまち赤くなり、どうやら興奮状態のようだ。ていうか、女と付き合ったこともないから、そんな大それたこと言われても正直どう反応すればいいのかわからない。これが両思いだった場合は、「ば、ばかこんな
だが、俺と西園寺せつなは、住む次元が違う。よって勘違いや、妄想や、ちょっとした期待などは一切ないのだ。
前で必死に否定の意味が含まれた熱弁を振るう西園寺せつなをよそに、俺は自分の体にくっついているゆきなちゃんに問いかける。
「理由を教えて」
「り、理由って、まるで理由が分かれば場合によっては付き合える的な言い方…」
西園寺せつながなにやらボソボソ喋っているが、無視して返事を待っていると、ゆきなちゃんは答えてくれた。
「だって、こうでもしないと、ふじにいちゃん、また逃げるでしょう?」
「そ、それは…」
反論はできなかった。この子の発言はまさに
ゆきなちゃんは、ずっと俺と関わろうとしていた。俺を見つけては、容赦無くスキンシップを仕掛けてきたり、大好きだと言ってくれたり、自分の抱えている苦悩を教えてくれたり、一緒に遊ぼうと誘ってくれたり。振り返って見れば、不器用な俺にたくさんのことを教えてくれた。
だが、俺はこの子に、なにもしてあげられなかった。日の当たらない暗がりで
だとしたら、心の準備をしよう。
タバコの吸い殻みたいに、いつかは、ぽいっと捨てられる運命だとしても、がっかりせず、当然、人生はそんなもんだよと言い切れるように覚悟を決めるしかない。
始める前から、失敗した時のメンタルケアを考えるあたり、夢も希望もない気がしなくもないのだが、俺にはこれくらいが丁度いい。
「また逃げちゃうでしょう?」
ゆきなちゃんは畳みかけるように再度問うてきた。本当に
「もう、逃げない」
「え?」
「流石にこんな顔で迫られたら断れない。だから、ゆきなちゃんからは逃げない」
「本当?」
ゆきなちゃんは、すでに充血しっきた目を
「ああ。本当だ。でも、言っておくけど、俺って、色々拗らせているから」
俺は言ってる途中で目をゆきなちゃんから逸らしてしまった。やっぱり、自分でこういうこというのって恥ずかしい。でも、ゆきなちゃんは、それの動きを全く気にかけてないようで、相変わらず、俺を見つめている。
「そんなのとっくに知っているから」
「そ、そうか」
小学生でも俺の拗らせ具合が把握できるなんて、さすが俺。いや、別に胸を張って言えるほどの事ではないと思うが。
「ふじにいちゃん」
「うん?」
「怖かった。本当に本当に怖かった。でも、ふじにいちゃんは、あの事件のこと全く口にしてないから、あれはあたしだけが知っている夢だったんじゃないかなと思ってた。でも、今も鮮明に思い浮かぶから。怖くて」
「大丈夫だ。あの事件は、夢じゃない。あのとき、俺は電車の中で血を流して倒れているゆきなちゃんをおぶって脱出した」
俺は記憶をなぞるように、虚空を見ながら考えたのち、ゆきなちゃんに向かって真実を話した。すると、ゆきなちゃんは、自分の両腕にもっと力を込めて、強めに俺を抱きしめる。
「そうだよね!あの時感じた
そう言ったゆきなちゃんを俺は十数分ほど抱き抱えた。
生まれて初めて、世に言う人の温もりというものを直接、俺が認識する形で感じた気がした。
こんなに小さな体してよくもあんな地獄から抜け出せたものだ。
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