第73話 うちのお姉ちゃんと付き合って
俺が当惑しながら聞き返すと、ゆきなちゃんは膨れっ面のまま頷いた。
「だって、ふじにいちゃんってあたしがいくら頑張っても全然ご褒美くれないでしょ?」
と言って、俺をじっと見つめるゆきなちゃん。今までゆきなちゃんは事あるごとに、俺とのスキンシップを図ってきた。歩く時も、俺の腕に触れるようにわざと密着したり、嬉しい時は、俺を抱きついて思いっきり頭をすりすりしてきた。
だが、これは、あくまでゆきなちゃんの一方的な行動であって、俺からするという事は考えたこともなかった。自分はやるけど、お前はだめだよという根拠に欠けたダブルスタンダードを飽きるほど経験したから、俺はこのままでいいと思っていた。というより、これ以上のことは、周りの空気と奪うことしか能がない腐り切った人が絶対許さないと、ずっと思っていた。でも、目の前にいるこの
俺はつい固まってしまった表情をほぐすようにため息を漏らすと、ゆきなちゃんの頭に手をのせたままの西園寺せつなに向かって恐る恐る話す。
「訴えたりしないよね?」
「藤本さん、それどこの国の冗談ですか?」
西園寺せつは、俺にジト目を向けてきた。まあ、お姉さんからもお墨付きをいただいたわけだし、これで、これでいいだろうね?
俺は最終決戦に向かう主人公のような緊張した表情で
俺はまるで、時間が止まったように固まってしまった。だが、瞳だけは絶えず震えていて、動揺が走っていた。きっと変な人だと思われるだろう。
「えいっ!」
その瞬間、ゆきなちゃんが突然、頭を俺の
「ゆ、ゆきなちゃん」
「なでなでして」
どうして、どうしてそんなに悲しい表情をしているの?いつも、いつも笑顔で俺をからかったり、弄んで楽しんでいるのに。なのになぜ、今にも泣き出しそうな悲しい顔でどうして俺を見ているの?まるで、俺たちが初めて出会った燃え盛る電車の中で見せたあの表情みたいに。
間違いない。これは、これだけは勘違いではない。
「電車の中、怖かったのか?」
「怖かった。本当に怖かった!ふええ!」
ゆきなちゃんは
「ゆきなちゃん…」
西園寺せつなは、くらい表情で
「うぅ…」
相変わらず、ゆきなちゃんは俺を強く抱きしめながら泣いている。目尻はすでに赤くなり、涙は俺の着ているTシャツを濡らしていた。
死体が燃える匂いと、自分もまもなく死ぬんだという恐怖と殺人鬼との対面。どれを取っても、この
でも、この子は、恵まれた環境にある。PTSDの治療を専門とする優秀な精神科医だっていくらでも予約なしで呼べるだろうし、敵対し合わない家族がいつだってついている。つまり、心強い後ろ盾が存在する。
ずっと夫婦喧嘩ばかりで、もの投げたり、包丁で脅迫してくる父とずっといじめられる地獄のような貧乏生活を嫌になる程味わってきた俺とゆきなちゃんとでは、全てにおいて
貴族の心配をする
でも、でも、もし、この子を救ったということが罪だとすれば、それを
きっと、これも俺の身勝手な思い込みで勘違いで、相手をよりどん底に
俺は喉につっかえる
「ふじにいちゃん…」
「怖かったろ?もう大丈夫だ。お前は、今、生きている。あの地獄から抜け出せたんだ」
「それは、全部、ふじにいちゃんのおかげだから…だから、離れちゃいや」
「月水金は授業もあるし、明後日にはユニバにも行くんだ」
「違う!そんな意味で言ったんじゃないの」
ゆきなちゃんは涙目ながらなんとか聞きやすい声で俺に伝えようと必死だ。
「だったら、なんの意味だ?」
「ふじにいちゃん…」
「な、なに?」
「うちのお姉ちゃんと付き合って」
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