第67話 私は、藤本さんの監視役ですから

 かくして、綺麗なメイドさんとの連絡交換が終わった。客との連絡先の交換は業務上禁止されているはずだが、そこはあえて触れないで置こう。


 はたから見ればうらやまけしからん状況のように映るだろうが、俺は正直ゴメンだ。この子は、俺の一番痛いところを知っているから。その反面、俺はこの子について全くと言っていいほど知っている情報がないのだ。唯一知ってる情報は、小学生のころ、いつもクラスのトップに君臨する可愛い女の子からなっている集団と行動を共にしていた点。


 つまり、これはフェアな戦いではない。一方的に殴られるだけの、一種のいじめに近いものがある


 俺がおっかなびっくり五十嵐れいなを見ていると、電話番号の入力が終わったのか、ふむと頷いてから俺に携帯を返してくれた。


「ありがとう。では、後で連絡するわ」


「俺の連絡先はいらないか」


「藤本くんので電話かけておいたから大丈夫」


「わかった」


「ごめんね時間を取らせて」


 俺は無言の頷きで返事をした。


 互いの用が済んだことを確認した俺たちは、それぞれトイレの前から各々の居場所へ戻った。


 俺が西園寺姉妹のいるところへどもると、二人はすでに食事を始めていた。だが、俺の存在に気がつき、フォークやらスプンやらをそっとテーブルに置いてから手を振ってくれた。別に無視して食べても良かろうに。


 俺は自分の席に腰をかけて早速食べ始める。

 

 ついさっきまでは、過去のトラウマを掘り出されて食欲がゼロだったが、今は、なんだか吹っ切れた気持ちで、意外と俺の喉は食事をあっさりと通してくれた。だが、味自体を吟味ぎんみできるほど完全に回復したわけではないので、ひたすら、前菜をフォクでぶっ刺し、そのまま口に入れるという単純作業を繰り返すだけだった。前にいる二人の姉妹には俺の姿がとても下品な人に見えるだろう。でも、今の俺に周りからの評判なんか気にする余裕などない。あるのは、意地汚い咀嚼そしゃく音だけ。


 他人との食事中ほど都合のいい時間もそうなかろう。栄養を摂取せっしゅし、体全体にエネルギを届ける行為は、他人との会話を拒絶する言い訳として一番適任である。詰まるところ、食事中は何も喋らなくてもいいのだ。向かい側の二人も、きっと礼儀作法という名目で食事中にはおしゃべりしてはいけませんと教え込まれたのだろう。その割には、二人とも俺の家では食べながら喋っていた気がするけどな。


 要するに、この二人は人々の視線が行き交う改まった場面においては、世にいう「貴族」のような振る舞いをするのだ。別に、これを取り上げてケチをつける気は全くない。むしろ、あっぱれだ。だからこそ、俺たちは釣り合わない。


 十数分ほどがたち、二人に再び視線を向ける俺。ボロネーゼパスタを頼んだゆきなちゃんはすでに、完食して、オレンジジュースをちびちび飲んでいる。俺と西園寺せつなは同じお肉のコースを頼んだため、未だに食事中だ。メインディッシュが出されたばかりだから、これさえたいらげれば、おそらく食後のデザートを持ってきてくれるだろう。


 さらに十数分がすぎ、俺と西園寺せつなは食事を終われせて、デザートとお茶を楽しんでいる。だが、俺はこのまま心穏やかではいられまい。五十嵐れいなによって話は途中で中断になったけど、この二人は俺の本音を聞いてきた。二人もおそらくそのことを意識しているようで、ゆきなちゃんに至っては、俺をチラチラ見ながら、なにやら話を切り出そうとしている。俺は気になり、目線だけで話すよう促した。


「あの、ふじにいちゃん」


「うん?」


 ゆきなちゃんは言いづらそうに、唸り声を出すが、何か決心したように首を全力で振ると、俺に向かって話を紡ぐ。


「嫌いじゃなければさ、一緒に遊んだり、どっか行ったりしよう!もちろんお姉ちゃんも一緒で!」


 笑顔で俺に語りかけているゆきなちゃん。そこにはまるでテレを隠すためのはにかみ笑が含まれているようにも見えてしまう。この悪意のない笑顔を目にするといつも思うのだ。俺は一体この子とどう向き合えばいいのかと。


 いくら俺が頭も目も捻くれているとしても、この子の絞り出した提案が単なる社交辞令ではないということくらいは痛いほど知っている。


 だが、俺にできるのは限られている。話の流れを分析し、空気を読んで、一番適切で合理的だと思われる言葉をロボットのように言うだけ。つまり、これは自分からの逃げだ。


「別に俺なんかと遊んでもつまらないだけだろ?世の中には腹筋壊れるほど面白い奴らは掃いて捨てるほどい…」


「あたしはふじにいちゃんがいいの!」


「え?俺?」


 狼狽うろたえる俺は思わず、聞き返した。だが、ゆきなちゃんは何も答えてくれない。潤ませた目で俺を見ながら首肯しゅこうするだけ。


 さすがに小学生相手にここまでさせるのは気が引ける。良心の呵責かしゃくというやつか。


 俺は渋々口を開いた。


「平日はコンビニのバイトがあるからな。遊べるとしたら、土日だな」


 俺は後ろ髪を引っ掻きながら言ってゆきなちゃんと西園寺せつなの反応を伺った。すると、ゆきなちゃんは、みるみるうちに歓喜に満ちた笑みをたたえ、西園寺せつなもにっこりと顔を綻ばせている。


「やった!これからいっぱい遊ぼう!」


「お、おう。時間さえあればな」


「時間なくても一緒に遊ぶ!」


「そ、それは勘弁してくれ」


「へへへ。どうしてもと言うなら許してあげる!」


「おう。ぜひ」


 言って、俺はゆきなちゃんに懇願するような視線を送った。それを受け取ったゆきなちゃんは勝ち気な笑みを浮かべる。でも、一つ気にかかることがある。別に大したことではないのだが、確認して損はないだろう。


「でもさ、ゆきなちゃんとなら別にいいんだけど、西園寺まで巻き込む必要性あるの?」


 と、疑問に思うところを俺は包み隠さず二人に打ち明けた。


「え、私だけ仲間外れ?」


「いや、西園寺って大学生だし、色々忙しんじゃないの?」


 西園寺せつなは戸惑い気味にボソッと漏らしが、俺はごくあたり前のことを彼女に向かって淡々と語った。イマドキの大学生は「いろんな意味で」忙しんだよね?特にあんな美少女なら男どころか、女でさえほっといてくれるわけがないと思います。


「い、いや、別にそれほど忙しいわけじゃないし…」


 西園寺せつなの吐いた言葉は語尾に近づくにつれて声音もどんどん小さくなっていく。最後あたりは視線を下に向けたままだったのでほとんど聞き取れなかった。


「うん?声小さくてよく聞こえないけど」


 俺ははてなと小首をかしげて西園寺せつなに問いかけた。すると、今度はゆきなちゃんが、にまっと笑って、西園寺せつなの横腹を突きながら言う。


「お姉ちゃん。ちゃんとふじにいちゃんに言わないとダメでしょ?ひひ」


「ゆきな!」


 ゆきなちゃんの悪戯っぽい笑みを見た西園寺せつなは、ぶあっと顔を赤くして困り果てた様子を呈した。うん?おかしいね。別に困るような要素はないと思うのだが。


 俺は不自然な二人の様子を眉根をひそめめて観察していると、やがて、西園寺せつなが徐々に顔を俺のところに向けてくるのがわかる。一体なにを言うつもりだ。


 謎の緊張に戸惑う俺は、静かに開く彼女の唇に神経を集中させた。


「…しは、私は、藤本さんの監視役ですから、一緒にいて当然です!」


「は、はあ?」


 俺は吸血鬼でもないし、なんなら第四真祖でもないんですけど?

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