第49話 藤本悠太は飾らない

「先輩。これなんかどうっすか」


 おっかなびっくりの様子を呈する俺に青山かほは話しかけてきた。俺は彼女のいるところに視線を向けると、手には何着か小綺麗な服が握り込まれている。


 俺は口を開くことはせず、首を縦に振って同意の意思を示した。すると、青山かほは顎だけで着替えのスペースがあるところを指し示した。不安状態である俺が、今話すと絶対上擦った声が出てしまう。


 俺たちは試着室に赴き、青山かほは中に入った。そんなに規模の大きいな店ではないので、専用の空間はなく、片隅に簡易の試着室があるのみだった。


 すでに青山かほは中で着替えを始めている。何でわかるのかと疑問を投げかけるものもいるかも知れない。でも、どうしても聞こえるのだ。際どくて蠱惑的こわくてきな衣摺れ《きぬずれ》の音が。ここは女性をターゲットとしている店であるため、男女分けて試着室を用意していない。ここに入る人は、基本女性しかいないので、痴漢対策が施されてないのだ。痴漢のような人は、入り口付近で引っかかるからだろうか。

 

 だから周りの目線が嫌というほど気になってしまう。何でこんなところに男が立っているんだろうと不思議な表情でこっちを見るのやめてくれませんか。


 何なら、このまま家に直帰したいまである。


「先輩いるんですよね?」


「い、いる!」


 しまった!つい、変な声を出してしまった。だって、男女関係どころか、人間関係ゼロのあぶれ者にはあまりにも刺激が強すぎますよ?


 しばし、沈黙が続く。


 ていうか、何で俺の存在を確認したの?あの子は。俺がとんずらすることを見越したとでもいうの?だったらすごいね。


 俺が頭の中でどうでもいい考えをしていると、試着室のカーテンが開かれた。すると、そこには引っ付くジーンズに白いTシャツを着た青山かほがいた。ギャルならではの派手な格好ではなく、至ってシンプルなコーデなのに、健康美あふれる長い足と、くびれのある上半身と相まって、すごく似合っている。ていうか、この子は何着ても似合っている気がする。別に依怙贔屓えこひいきするわけではない。俺は誰に対しても同じ判断基準で見ているつもりだ。


「どうっすか」


「普通に似合ってる」


 俺の感想を聞いた青山かほは、ほのかな微笑みを浮かべてから、俺に近づいてきた。距離は縮まり、俺から50CMほど離れたところで青山は止まる。ちょっとタイトな服を着ているせいか、体型がよりくっきりと見えますけどね。特に胸あたりとか。


「先輩は飾らない人ですね」


 妖艶な表情で俺を見つめる青山かほから想定外のことを言われてしまった。まるで挑発でもするかのような小悪魔ぶり。深い意味があるけど、決して口には出さないとでも言いたげな口ぶり。


 俺は、今も自分を飾る人だと思っている。虐められないためには、自分を徹底的に隠して、仮面を何十枚も被らないといけない。そうやって外面の自分を演じてきたのだが、目の前の美少女に飾らない人と言われた。


「なんの意味だ」


 俺は冷静なふりをしながら問う。だが、引き攣った顔までは隠すことができなかった。


「言葉とおりの意味っすよ。胸が好きとか、普通に似合うとか、フィルターを通さずに言っちゃうところ?」


「そ、それは、否定できない」


「でしょ?へへ」


 ご明察でございます。確かに、俺は自分の過去を必死に隠して、画面を被っている。でも、他人に対しては、思わず、ありのままのことを言っちゃう癖があるみたいだ。


 例えるなら、声をかけたら素直に答えてくれるNPC。クエストを達成するためには、NPCをクリックしないといけない。その際、NPCは依頼内容や、ことの詳細などをつまびらかに話してくれる。そこには、何の感情もない。ただ単に、登録されたtextファイルを流すか、声優を使った音声ファイルを流すかの違いはあれど、データの塊にすぎないのだ。


 俺だってそう。自分という名の「理性」の指示に従って言っただけの話。


 きっと、青山かほは、俺のこういうロボットみたいなところを取り上げて「飾らない人」と言ったに違いない。

 

 だとしたら安心だ。


 俺の体を縛っていた緊張感はあっという間になくなり、やがて弛緩しかんした空気があたりを包んだ。


「まだ着たい服ありますので、ちょっと待ってくださいね」


「うん。ゆっくりでいいぞ」


「はーい」


 青山かほは、気だるげな声で返事をしてからまた、試着室へと消えてゆく。俺はふーうと長いため息をついてから胸を撫で下ろした。


 青山かほは何回も何回もお気に入りの服を着ては、俺に見せびらかした。もちろんどれもよく似合っていて、素直な感想を伝えた。その度に、青山かほは笑みを見せ、また新たな服を探しては着替える。

 いつ終わるのこれ。

 

 青山かほが着替える音は扇情的で堪能的であるが、回数を重ねていくと、だんだん薄れてくるものがある。しかし、脳が勝手に目の前の試着室で着替えている青山かほの姿を想像してしまう。ナイスボディで美少女の青山かほという女の子と俺はきっと釣り合わないから、別に下心があるわけではない。 

 

 ただ「見る」だけだ。様々な人をインタービューする記者の気持ちとでも言っておこう。

 

 大富豪を取材しても、自分がお金持ちになるわけではないという気持ち。


「藤本先輩、そろそろご飯行きませんか?」


「そうだな」


 スマホを取り出して時間を確認すると、すでに12時がすぎていた。


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