第214話 しばらくお待ち下さい


「バ、バーチャル動画配信……ですか?」


 今日は彼女を連れて事務所に来ている。

 私と彼女二人でなければいけないと栞に言われ、喜んで来たはいいものの……


「そう。カメラで認識された人物をアバターに……試しにやってみた方が早いか。見てて」


 事務所のとある一室。パソコンの画面に映し出されたのは可愛らしい人型猫のアバター。なんとなく彼女に似ていて……栞はカメラの前に彼女を立たせた。


「雨谷さん、上半身だけ動かしてみて」


「……こうですか? ふぇっ!? が、画面のネコちゃんと連動してますよ?!」


「そうそう、それで動画配信すれば誰かバレないでしょ? ヒナ、アンタのも作ってあるからね」


 カメラの前ではしゃぐ彼女を横目に栞と打ち合わせ。

 今回は実験的な企画で、上手くいけば今後はネット配信にも力を入れていくらしい。

 

「で、これが私のアバター? まんま私なんだけど」


 私の姿をデフォルメして二次元に落とし込んだ感じのアバター。ってことはつまり……


「日向晴で配信しろってこと?」


「そういうこと。雨谷さん、これ台本ね。いい? 誰もあなただって分からないし、公の場でヒナとイチャつけるチャンスだから。頑張りなさい?」


「は、はい! 頑張ります!」


 台本だなんて渡してきたけど大したことは書いてなくて……殆どアドリブでやれってことだよね。まぁ……栞から言質を取った訳だし、大手を振って彼女とイチャイチャしよう。私達二人を誘った栞が悪い。


 配信は二時間の予定で、雑談とゲームをするらしい。何を話そうかな、なんて考えてる間に配信が始まった。

 台本には少し待ってから自己紹介としか書いていなくて、随分とふざけているなと笑ってしまう。


『……はーい、日向晴です。今日はネットの世界からこんにちはしてます。どうでしょうか? ふふっ、可愛いですか? 沢山のコメントありがとうございます。今日はですね、なんと我が家から愛猫のしーちゃんがやってきてくれました。しーちゃん、自己紹介出来るかな?』


『下僕のしーちゃんですにゃ』


『ちょ、ちょっと……そんな言い方しちゃ……』


『ですが栞さんから渡された台本にこう書かれていますし……にゃ』


 どうも私の持っている台本とは違うらしく、隣の部屋からは栞の笑い声が響き渡っている。

 視聴者は既に三万人を超え……放送事故を匂わせる始まりに、コメント欄は大いに賑わっている。


『ご主人様、この赤い背景に10000という数字とコメント?が書いてあるんですが、これはにゃんにゃんですか?』


 手元にあるスマホには栞から指示や情報が逐一送られてくる。なになに……


『えっと……赤スパって言って、沢山投げ銭をしてくれた人は赤くなるんだって』


『ふぇぇ……ちょっとよく分かんにゃいんですけど、早くコメントを読めと隣の部屋にいるご主人様のマネージャーさんから連絡が入っているので読みますにゃ』


 これが栞の狙いなのだろう。

 彼女の無垢な姿と言葉に投げ銭は止まらず……コメントを見失った彼女は助けを求めるように涙目で私を見つめてきた。


『沢山のコメントや投げ銭、ありがとうございます。本当に……ふふっ。笑ってしまう程の数なので、配信が終わったらしーちゃんと一緒に一言一句全てに目を通しますね。しーちゃん、皆んなに何か言いたいことあるかな?』


『えっと……次の流れは…………次はゲームの時間だにゃ!』


 少しズレたやり取りが堪らなく愛しくて……彼女と共に仕事が出来る至福のひと時。


『機材トラブルでゲームの準備が遅くなってるので、少し皆さんとお話したいなと思います。ふふっ、チャット欄はしーちゃんの話題で賑わってますね。なになに……“しーちゃんとの馴れ初めを教えてください”、ですか?』


 最近はTVでもSNSでも、愛猫のしーちゃんが恋人と公言している。栞に何度かグーパンチされたけど、嘘じゃないしそれくらいはと事務所の皆んなは宥めてくれた。


『しーちゃんとは四年前、私の誕生日にお外で出会いましたね。しーちゃんが私を見つけてくれて……運命だなって今でも思ってます。ふふっ、惚気ですか? そうかもしれませんね……“しーちゃんは日向晴さんのことをどう思ってますか?” じゃあ……今日は特別にしーちゃんに聞いてみましょうか。しーちゃん、どう?』


『……私の全てだにゃ。しーちゃんに沢山の愛を教えてくれるのにゃ。でも……ご主人様は有名人だから、我慢することが沢山あるのにゃ。本当はしーちゃんのことを皆んなに教えたいけど、ご主人様は守らなきゃいけないことが沢山あるから叶わないのにゃ。だから……しーちゃん、今日はこの姿になって現れたのにゃ。マネージャーさんに公の前でイチャイチャしていいって言われたのにゃ。ご主人様、いつもみたいに…………しーちゃんにキスして欲しいにゃ』


 誰よりも……私のことを考えてくれる。

 アバターなんて目じゃない程可愛い私のしーちゃんは、顔を真っ赤にさせながら私を見つめくれる。

  

『もー……ふふっ、しーちゃん大好き』


 同接十五万人の目の前で魅せる……嬌声が漏れる程の、甘い甘い口吻。

 しばらくお待ち下さいという画面に切り替わり、隣から栞が飛んでくる音が聞こえたので部屋の鍵を閉めた。


「バカヤローッ!!! ヒナ!! 開けなさい!!」


「こんな状態じゃ配信なんて無理でしょ? ふふっ、しばらくお待ちください?」


 開錠されるまでの数分間、見えていないとは分かっているのものの……見せつけるように、カメラの前でキスをした。

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