第112話 在るが儘の我儘


 大学の講義中、突然私の中にある日向さん感知器が作動した。

 でも今日は映画の吹き替えのお仕事が一日あると仰っていたし……間違える筈がないこの感覚にモヤモヤしながらも、講義が終わった。

 タイミングよく携帯電話の着信音が鳴る。表示された名前は……


「はい、雨谷です。栞さんお久しぶりです。あれから具合は── 」


『雨谷さん大学にいるでしょ? あのバカ一緒にいる?』


 日向さんのマネージャーである栞さんが感情豊かに(主に怒り)尋ねてきた。    

 

「日向さんのこと……ですか? 今日はお忙しいお仕事があると聞いていますが……」


『ちょっと息抜きしてくるって言って昼休憩に行ったのはいいんだけど……SNSでヒナの目撃情報多発してるんだよねぇ……あなたの大学で』


 飲み込めない状況と、正しかったあなたへの想いと……強さが増していく私の鼓動。


 人だかりの中心、困った顔をしているあなたと彩さんを見つけた。

 

『はいはい、電話越しで分かる騒ぎだ。雨谷さん、そのバカ午後一までには連れてきてね。あなたのせいなんだから』


「ふぇ!? わ、私のせいなんですか!?」


『リスク冒してでも直接あなたの何かを求めてるんじゃないの? じゃなきゃいくらバカでも電話で済ますでしょ。まぁ……大学生の恋人、なんて今しかないんだから、しっかり味わっときなさい? じゃヨロシク』


 電話を握る手が、少し強くなる。

 あなたが求めてくれるなら何だってする。何にだってなれる。

 私は我儘な人間だから……全てを求めてしまう。恋人も大学生も、状況も反応も。


 今この瞬間に出来る最高の我儘。

 あなたを満たすことが出来る喜び。


 人混みをスルリと抜けていき、あなたの前へ辿り着く。ここにいる全員が私に集中した。

 目を見開いたあなたは、少し驚いて私を見つめている。

 優しく手を握ると、あなたの頬は徐々に赤らんでいく。


「大好きです。いつも見ています。午後も……頑張ってくださいね」


 少々不自然な言葉だけど、あなたと彩さん以外気付くことは無い。

 お揃いの指輪が触れ合っていることは、あなた以外気が付かない。

 

 見上げると、あなたの瞳が淡く揺らめいていた。


 伝えたいことが……沢山あります。


 今日の夕飯は、あなたの好きな豚バラ豆乳鍋です。

 お風呂はお気に入りの入浴剤を入れて、一緒に温まりましょう。

 干したてふかふかの布団に包まって、タブレットで映画でもどうですか?


 それから……帰ったら強く抱きしめて欲しいです。


 どれ程伝わるかは分からないけれど、そんな私の想いを込めた短い言葉。

 声に出さず口の動きだけをあなたに伝える。


 “待ってます”


 応えるように嬋媛に微笑むあなたは、同じように口だけを動かした。


 “待っててね”


 その言葉には、あなたの想いが沢山込められていた。

 その中の一つに反応してしまった私の顔は、林檎のように紅く染まってしまう。

  

 あなたが求めてくれたものを、私は渡せましたか?

 答えは分からないけれど……私はとても幸せです。だからきっと、あなたも──



 何度も確認する時計針。

 いつもの駐車音が、私の胸に響く。

 我慢できなくなった私は、玄関ドアを開けあなたの許へ駆け寄った。

  

 同じように車から出たあなたは、強く、強く私を抱きしめてくれた。

 幸せが溢れ出て、それを逃さまいと一段と強く抱きしめてくれるあなた。

 

 玄関に付いている人感センサーライトが消えても尚、私達は抱き合っていた。

 長くて甘い、私達の夜が始まる。


「おかえりなさい」


「うん、ただいま」

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