第389話 凪の始まり
さっきのショッピングモールに戻って俺は待ち合わせをしていた。
「ママ~」
遠く、別の入り口から来たであろう、リリィさんを見つけてアリサが全力疾走していった。
「アリーシャ! ■◆××○○」
走っていったアリサを両手を広げて待ち構えている。
興奮するとロシア語が出るようになっていたリリィさんの癖は治りそうにない。別に構わないけど。
「どうだった?」
「順調、次は男の子かも」
「そうかぁ、それもいいね! ウチの中、全部女の人では俺の肩身が狭いからな。
今だってね」
「何よ、そんな幸せある? こんな美人達に囲まれて暮らせるなんて、ね~」
手をつなぐアリサにリリィさんは同意を求める。
「ね~」
俺は、笑顔で俺を見るアリサの手を取った。
子供の頃の俺はこの幸せを失う事になる。今度は、俺がこの小さな手を掴んで離さなければ、その幸せを失う事は無い。俺は決して離すことは無い。絶対に。
俺は、幸せの捕まえ方を、あの小学六年生の一年間で学んだんだ。
それは……
実にシンプルな答えだった。
望んで、与える事だった。
望むことが怖かった俺は、同じように誰にも手を差し伸べる事など無かった。でも、それは、間違いだと、やり直しの六年生で改めて知った。
リリィさんのおかげで、アリサのおかで、これから生まれてくる子供のおかげで、満島先生やオーナーや雅さんや……
あとは省略の人達のおかげで……
これからもきっといろいろな機会が訪れるだろう。俺はこれからも掴んでいく、俺の為に、家族の為に。
「ねえ……
久しぶりに、あの防波堤に行かない?」
「どうしたの?」
アリサと話をしていた薄茶色の大きな目が俺を見つめた。
「君との思い出が詰まったあそこに行って、凪いだ海が、時折、聞かせてくれる波の音が、俺の苦しかった事や悲しかった事を洗い流して、楽しい出来事ばかりの思い出に変わって、幸せを噛みしめる事が出来るんだ。
俺にとっては、全てのスタートだったあそこに立って……
昔の辛かった事が二度と起きない様に……
今の幸せをもっと、もっと幸せにするんだって……
そう、一度、スタートラインに立って、確認したくなる。
決して、俺は君たちを悲しませたりしないって、確認したくなるんだ。
だから……
これから……
一緒に行かないか?」
「……いいよ……
でも……
手、繋いで……
その幸せに私達も入れなさい……」
薄っすらと微笑むリリィさんが俺に腕を差し出した。
「ありがとう……」
「ありがとうは、こっちだよ……
けんたろー……」
「アリーシャ、行きたくない!!」
「ええ? 一緒に行ってよ……
ママとパパが初めて会った、最初の始まりの場所なんだから……
アリサ」
「だって、パパとママ手つないで、アリーシャの手つなぐ場所無いもん!」
「ああ、そういう事?
だったら、真ん中にどうぞ……」
俺は子供の時に母さんと父さんと真ん中で手を繋いで、あの防波堤から、秋の夕日を見ながら家に帰った。
その時の幸福感と、その後の絶望感……
今でもはっきりと思い出す。
そうか……
でも……
さあ、これで俺のあの防波堤をめぐる思い出はループした。
俺は、二人と手を繋いであの防波堤に向かう。
俺のあの絶望の始まりだった、あそこでの楽しい思い出は、長い時間をかけて一周した。
そして、そのループから抜け出して、俺は新しい幸せのループを作るんだ……
俺の大切な家族を悲しませることのないループを……
その為に、温かなアリサの小さな手を取って、リリィさんと目を合わせた。
「じゃあ、行こうか!
俺達の始まりの防波堤の先端へ!」
二人の幸せそうな笑顔に俺は、凪いだ海の様な穏やかな人生を彼女たちに送る事を誓った。
終わり
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