第330話 2015年5月 11

「ね? 今から、やろう、このまま、行こう! ユー、 やっちゃいなよ!」


モスクワ迄の渡航費……

いくらかな……


「割引券も付けちゃうよ!」


要らねえよ……


「ねえ、健太郎!

毎日、彼女待つのも良いけど、たまには息抜きしてさ、いろんなもの抜かないとさ、疲れちゃうよ!」


「彼女じゃねえよ」


「……」


なんだ?

雅さんの顔が……

表情がとたんに陰った……


「健太郎……


彼女じゃ無かったら、なんで毎日あんなとこに行ってんだよ……


健太郎さ、もしかして、認めるのが怖いとか、恥ずかしいとかそんなやつ?

もう、健太郎にはとっくに無い、世間体みたいなの気にしてる?


だとしたら、お門違いだよね。


小学生じゃないよ、あんたの愛しい彼女は、もう17歳だろう?

もう、立派に自分で考えられるよ。


他人に見られたらとか、他人にどう思われるかとかさ、そんなの、あんたなんかよりもいっぱいいる、立派な奴が考えればいいんだよ。


もしも、そんな事で、認めたくないってんなら……


残念だな……

その程度なんだ……


それにさ、あんたの成績だったら、もっと立派な大学に行けたろう?

それを何で、地元の大学にしたのさ?


ねえ、言ってみなよ……


なんで、時間があるのにバイトもしないで、いっつもあそこで釣り糸垂らしてるふりしてんだよ……


健太郎って、そんなに釣り好きだったっけ?


なんでそんな真っ黒になるまで、潮風にふかれたかった?


全部繋がるじゃん……


全部……


全部……


あの子がここに来た時に、会えるように……

ずっと、待ってられるように……


そうしているんだよね?


だったら、それって、愛しい彼女じゃないのかな?


健太郎のさ、そう言うスカシタところが、あたし大っ嫌い……


もっと、じたばたすればいいのに、なんか全部分かってますみたいに、少し離れて客観的に自分を見てるふりしてるあんたが、あたし……


大っ嫌い……」


雅さんはそう言うと、くるりと背を向け、夕日の眩しい、出口のドアへと足早に歩いて、それっきり、こちらを見ることなくいなくなった。

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