第298話 奪われた日常18

俺は、今まで選ばない選択をしてきた……

選べない人生を送ってきた……


母さんが消えて、父さんが消えて……

何も選べなくて……


助けてくれたオーナーに甘えて……


そこから出て行くのが怖くて、選べなくて……


今まで来た……


ああ……

ちょっと違うか……


満島先生のお誘いは無理やりじゃ無かったか……


それを選んだの……


俺だったな……


それで、こうして、俺は、子供同級生を助けに来るような人生になったんだ。


選んだから……


こうしているんだ……


何もしなければ、決して交わる事の無かった風俗店の店長と、小学六年生の不登校児童……


その人生が交わったのは、選択をくれた周りの人たちの手を俺が見ることが出来るようになったから……


なんだろうな……


いつの間にか、選べなかった俺は……

少しずつだけど……

選んでいたのか……


そうか……

選んでもいいんだ……


絶対の間違いなんて無いんだから……


そう、絶対……


俺は絶対、変わらないと思っていた。

ずっと、ずっと、あそこで一人働いて、日々のルーチンをこなすだけだと思っていた。


俺が人の為に……

子供を助けるために……

命を掛けてまで、助けたい相手に会うなんて……

そんな事、あるはずも無い……


と、思っていた。


でも、俺は……


危険よりも、リリィさんが、海の無いところで育った彼女は、津波の怖さなど知るはずも無いと思って、考える前に、駆け出して、ここに来ていた。


変わるなんて……

絶対に……

無いと思ってた……


でも……


なんだ……


俺も、いつの間にか……


変わってたんじゃねえか……


ゆっくりだけど……


俺は、俺で、変われてたんだな……


だからか……


そんな俺に……

絶対の信頼を寄せて、命を預けるというリリィさんの、無垢の信頼を俺は……


この一年、毎日顔を合わせてきた彼女の信頼に、答えたいと思うのは……


そうか……


なら……


選択をして……


……選ぶんだ……


俺は……


彼女を助けたい……


1km先の港の周辺と防波堤の先の太平洋は、依然、何も変化は無い。


神社まで、高台まで、200mだ。


引き波が来るとしても、最短で、1分以内には神社に取り付けるだろう……

遠い港のあそこから、水位の変化が表れるのに、1分以上……

かかると……


思いたい……


すぐ傍の防波堤の向こうの太平洋は津波が押し寄せて来る様子が今のところ無い。


行ける!


もう迷わない!

迷えない!

そんな時間すらもったいない!


俺の取れる今の最適解!


「行こう!! 絶対の安全じゃないけど、今なら行ける! 行くよ! リリィさん!!」


俺の前で、縋る目をして俺を見ていたリリィさんをスッと肩に担いで階段を駆け下りた!


あ……

つい……

やっちまった……

可愛いお人形さんみたいな感覚で、スッと抱っこしちまった……


「行こう!! けんたろー!! お姫様抱っこだよ!!」


体重を移動して、俺の首に手を廻してキラキラの瞳で吠えるリリィさんは、嬉しそうに俺の腕の中で笑っている。


「ああ! 待たせたね!!」


丁字炉のあった場所まで100m、右に折れて100m、必死に漕いだ。


思ったよりも、ボートはぐんぐん速度を増して、目の前に神社への階段が見えてくる。


こんなすぐだったのか……


俺なのか、リリィさんなのか、お母さんなのか……

誰かが振ったサイコロの目は、俺達を無事ゴールへと導いて……


残り20m。


神社の階段に黒い子犬が吠えていた。何処からか流されて来たのだろう。


俺達は、真っ黒な水たまりを漕いで神社の階段が桟橋の様になって、そこに横づけにして、飛び移り、ゴムボートを担いで急峻な階段を上って境内へとたどり着く。


助かった……

助かったんだ……


賭けだった。


次に同じことをしても同じ結果を得られるとはとても思えない。


全くの賭けだった。


この場所の、この海の、この海の海底の、震源地との関係と……

全てが俺達に都合がいいように重なり合った、まったくの再現性の無い幸運だった。

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