第264話 みんなのたたかい8

「えーと、あなたお名前は?」


その男性は私の背中に手を当ててソファーへと座らせるとそう聞いてきた。


「伊藤です。六年一組の担任をしています」


「そうですか、伊藤先生、まず、言っておきますよ。先生は仕事が遅い。恐らくあなたは生徒が来なくなることを事前に感じてませんでしたか? それならば、その時点で手を打つべきだ。そして、もう一つ、相談する相手を間違えた」


教頭の方をちらっと見て眉間にしわを寄せ、きつい物言いで会話を継ぐ。


「どういう事ですか? 突然、入ってきて。私が悪いような言い草ですが、あんたは一体何様な---」


その男性は教頭に向かって右手をすっと上げて発言を制した。


「今は、私が話しているのですよ。黙ってなさい……


伊藤先生、続けますよ……


あなたは相談する相手を間違えた。あなたが相談するべきは学校の全ての責任を一手に引き受ける学校長であって、教頭などではない。今後、よく覚えておきなさい。そして---」


男性は、教頭の座る校長の机の前に立ち、


「あなたは何の権限で一連の決定を下したのか!


この場で、私に説明しなさい!!」


そう言うと、教頭の前に掌を見せて説明しろと迫る。


「何なんですか? あなたは突然入ってきて偉そうに指図するなんて」


「……やれやれ、自分の学校の校長の顔もわからないのか。


では、私が、正式な決定を下します。


28歳の小学六年生、佐藤健太郎君を直ちに復学させなさい。


そして、

本日、全員欠席した六年一組のご家庭一軒一軒をまわって事情を説明し、混乱の謝罪と明日からの登校確約を……


教頭、あなたが行ってきなさい。


最後に、明日、六年一組全員の前で、佐藤君に謝罪しなさい。


間違ったことをしたら謝る。子供に道を説く教師として当たり前だ。あなたは道を間違えた、だから、謝罪する。以上だが、質問はあるかね?」


「ちょっと、待ちなさい。あなたは---」


校長が手で制した。


「私の話を聞いていたか?


聞いていれば分かることは、私が校長であって、分からないのは名前、出てくる質問は”お名前は?”しかないはずだが、この期に及んで言い逃れようとでも? それではもう少し言おうか。 


あなたがしたことは越権行為だ。私が前任の学校で引継ぎのためになかなかこちらに来れなかったのをいい事にして、自分の感情を抑えられず児童の未来を奪った。


これは教育者としては既に失格。


さらに言えば、


教師としての要件が欠落している、


としか言いようがない。


私はこの事を理由に今の立場からあなたを外す事が出来る力を持っている事を忘れるな。


私も、直ぐにこの学校にこれなかった責任を感じて、あなたに名誉挽回のチャンスをたった今与えた。


これが私が今回の騒動で出来る最大の譲歩だと思ってくれ。


それに不服だというのなら、いますぐ辞表を出しなさい。


免職にしないだけでもありがたいと思っていただきたい。


それが理解出来たら、偉そうに私の椅子に座ってないで生徒の家に今すぐ行きなさい。明日、一人でも欠席することがあったら……


あなた……


……覚悟は出来てるんだろうな?……」


校長先生は、相変わらず眉間にしわを寄せ、不服そうにたたずむ教頭をさらに睨むと、


「……さっさと行かんか!!!」


廊下の端迄聞こえる大きな低い透き通る声で、しかり飛ばした。教頭はその声に縮こまり慌てて廊下へと消えていった。




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