ザ・デイ・アフター
ミサトの友だちのナオミ、島原尚美。今日も喫茶北斗星にサークルのメンバーが集まってるけど、みんな表情が暗い。ミサトがあの日からサークルに来ないんだよ。そりゃ、部活じゃなくてサークルだから、休んだらダメってものじゃないけど、喫茶北斗星にすら来ないのよ。
それだけじゃない、ナオミすら避けられてる。入学して以来、ずっと一緒だったのに確実に避けられてる。そりゃ、ミサトのキャラは快活だし、社交家だから友だちも多いし人気者。友だちだってナオミだけじゃないのはわかるけど、急にどうして。
「ミサト、今日のサークルだけど」
「用事があるから休む」
次の話をさせない感じなの。サークルのみんなも、あの日のことは後悔してる。でもミサトもやり過ぎたと思うのよね。あれじゃ、イジメじゃない。あのままだったら伊吹君がやめちゃわないか心配になってたんだよね。
とくにあの日のミサトはいつも以上に厳しかった気がする。見るに見かねてって感じでケイコ先輩が口火を切り、ヒサヨ先輩が続き、平田先輩も口を挟んだ気がする。ナオミもそんな気分だったもの。
ミサトはその後に帰っちゃったけど、またサークル活動日には来ると思ってた。一回や二回休むかもしれないけど、その時にはみんなで話をしようと決めてたんだよ。このままじゃ、お互いわだかまりが残っちゃうもの。
なのにミサトはサークルに姿を現さなくなっちゃった。加茂先輩とケイコ先輩も心配になって二年の教室までミサトに会いに行ったのだけど、取り付く島もなかったらしい。喫茶北斗星に戻ってきた二人の顔が真っ暗だった。ここで加茂先輩が、
「みんな聞いてくれ。尾崎君は喫茶北斗星に手紙を出してくれている」
ポストに加茂先輩宛の封筒が入っていたみたい。
「なんて書いてあったのですか?」
加茂先輩は強張った表情で、
「これだ」
ナオミたちは見せられたものに驚くしかなかった。そこにあったのは、
『退会届』
中身はお決まりの『一身上の都合』としか書かれてないのよ。喫茶北斗星の中が凍り付いた気がする。もうなんて言って良いかわからなくなったぐらいだった。長い沈黙を破ったのはケイコ先輩、
「シゲル、それを認めるの?」
「サークルの入退会は・・・」
「そんなこと聞いてるんじゃない。尾崎さんをどうするかと聞いてるの」
ケイコ先輩のあんな表情も初めて見る気がする。あれは明らかに怒っている気がする。
「あんなに嫌がってた尾崎さんに指導させたのは誰なのよ!」
加茂先輩は苦しそうに、
「それはボクもそうだが・・・」
「そうよ、ここにいる全員だよ。みんなで尾崎さんに嫌がる事を押し付けて招いた結果じゃない。その結果を、はいそうですかってシゲルは認めちゃうの」
ケイコ先輩はみんなを見渡して、
「もちろんケイコにも責任がある。これから逃げ出そうと思わない。だから、ケイコたちがやらなければならないのは、いかにして尾崎さんを引き留めるじゃない。シゲル、あんたを見損なったよ。そんなものみんなに見せて、反応を窺おうなんて最低だよ」
うわぁ、ケイコ先輩そこまで言うの。
「尾崎さんが去年頑張ってくれたから、今の写真サークルがあるのじゃない。尾崎さんがいなかったら、今だって宗像の公認写真サークルの下でヒーヒー言うしかなかったはずよ。みんな、もう忘れちゃったの!」
ミサトはツバサ杯でグランプリ取った事も、ハワイで学生世界一になったことも自慢する素振りもなかったのよね。とくにハワイの話は、オフィス加納でどれだけ大変な目に遭ったのかばっかり。
そんな話より、一年の後期に遭った災難で進級が危なかった時に、写真サークルを挙げてヘルプしたことの感謝ばかり口にしてた。今度の伊吹君の指導にウンと言ったのも、その時の恩返しって感じだったもの。
「シゲル、あんたは尾崎さんに恩を売りつけたとでも思ってるの」
「そんな気は・・・」
「みんなはどうなのよ」
その時に伊吹君がミサトの退会届を奪い取って破り捨てちゃったの。
「責任はすべてボクにあります。ミサトさんにせっかく指導して頂いたのに、それに不満を感じてしまいました」
「あそこまでされたら誰だって・・・」
「わかってなかったのです。ミサトさんに指導してもらう真の意味を。ミサトさんはオフィス加納のプロ同然です。たとえば麻吹先生や泉先生に指導してもらって、あんな態度を取るはずがないじゃありませんか・・・」
そこで一呼吸おいてから、肩を震わせながら、
「・・・ボクが悪いのです。ボクにすべての責任があります」
見ると目から涙がポロポロ。そこに加茂先輩が、
「伊吹君、そこまで思いつめるな。退会届は今無くなった。ボクたちがやる事も、わかったじゃないか。みんなそうだろ」
うん、そうだ。ミサトをここに呼び戻すんだ。そしたら伊吹君が、
「ボクが行きます。土下座して謝って、ミサトさんに帰って来てもらいます」
伊吹君はすぐにでも出て行こうとするのを平田先輩が押しとどめて、
「気持ちはわかる。わかるけど、尾崎さんはもう家に帰ってるはずや。この時間から家まで押し掛けたりしたら、かえって迷惑や」
伊吹君はへたり込むように床に座り込み嗚咽してた。
「伊吹君の気持ちはわかるが、ボクとケイコが行ってもダメだったし、島原さんでもダメだった。悪いが伊吹君でも無理だと思う」
だったらどうやって。
「シゲル、そこまで言うなら案があるんだよね」
「ある」
加茂先輩は帰って来てもらうには、ミサトが何に怒っているのかを知らなければならないし、どうやったら帰ってくれるかも知らならければならないって。
「そんなの当たり前じゃない」
「その当たり前が出来ないのが今じゃないか! 気持ちだけ前に押し出すだけじゃ問題は何も解決しない。ケイコはそんなことさえ見えなくなっているのか」
ひぇぇぇ、加茂先輩もそこまで言い返すんだ。加茂先輩とケイコ先輩の仲は公認なんてレベルじゃないけど、ここまで来ると恋人じゃなくて夫婦喧嘩レベルだよ。
「エラそうに言うけど、どうするつもり」
「麻吹先生に頼む」
みんなから一斉に、
「麻吹先生に!」
加茂先輩は淡々と、
「他に手はないと思う。麻吹先生か新田先生なら、尾崎君から本音も聞いてくれるはず」
「そりゃ、そうかもしれないけど、どうやって会うの。尾崎さんこそ麻吹先生や新田先生の教え子だけど、ケイコたちは尾崎さんとサークルが一緒ってだけなのよ」
ケイコ先輩の言う通りだと思う。麻吹先生にしたら見ず知らずの他人だものね。あれだけの有名人で、そのうえ美人だから、変に熱狂的なファンや、さらにそれが昂じてのストーカーみたいな者もいるだろうからガードは固いはず。それでも加茂先輩は昂然と、
「簡単には行かないと思う。でも他に手はない」
「ダメだったら」
加茂先輩の目が怖いほどだ。
「ダメだったらなんて考えない。ダメはないんだ。ウンというまでオフィス加納に通い詰める。お百度踏んでも通い詰めてウンと言わせる。たったそれだけの事」
「シゲルはそこまでやる気」
「ケイコはやれないって言うのか」
そうしたら、
「ボクも」
「私も」
「オレだって」
もちろんナオミも行く。そしたら加茂先輩は会員を見渡しながら、
「尾崎さんの件は、ここにいる会員全員の責任だ。だが大勢で押しかければ迷惑になる。これは代表であるボクの仕事だ。ボクに任せてもらう、反論は許さない」
普段の加茂先輩はどちらかというと一歩引いてる感じで、なにか本当のサークルの代表はケイコ先輩みたいにも見える時もあるんだよね。でも見直した、格好イイ。さすがはケイコ先輩が惚れた男だよ。
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