第23話:〝己由 逢眞〟が三次元と二次元に降臨した件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 嘘です。まだ事件は起きてません。

 まだ、晩ごはんの準備ができただけです。あとは煮込んだじゃがいもと玉ねぎに、味噌汁をといて、ご飯が炊けたらかき混ぜて蒸らすだけです。


 事件はこれから起こします。起こってくれたらいいなぁって思います。

 ぼくは今、キッチンと言う名前の脱衣所で、己由みよし逢眞おうまのコスプレをしています。

 ふすまをしめて、崔峰さいほうさんが作ってくれた、とびきりセンスの良い、ブレザーの学生服に袖を通しています。

 あと髪型を、今日の空塚からつかさんみたいにバッチリと決めています。


 事件が起こると良いなぁ。奇跡が起きると良いなぁ。

 姉さん、応援してください。

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 ぼくは、髪をセットして鏡を見た。


 これが、〝己由みよし逢眞おうま〟?


 鏡の前には、イキッタ髪型の童顔の男の子がいた。お子ちゃまがいた。

 うーん、高校生ってのもちょっと無理がある気がする、無理して髪型をセットした中学生といった感じだ。

 これ大丈夫? これでれんちゃんのパラッパラッパーな想像力がはかどる??


 でもまあ、やるしかない。やるしかないのだ。


 ぼくは、せめて登場シーンにこだわることにした。

 今日、れんちゃんと一緒に見た、空塚からつかさんの告白シーンを演じてみようとした。再現してみることにした。でも、家に花束なんてないから、お鍋にいれてあったおたまを花束の代わりにすることにした。


 ぼくは、おたまを持って「ふぅ」と息をはくと、勢いよくふすまを開けた。スライドするドアを開けた。


 ぼくは、れんちゃんと目があった。ぼくは蓮ちゃんの目をまっすぐ見て言った。


「好きです。おつきあいしてください」


「……………………」


 れんちゃんは無言だった。れんちゃんは、ぼーっとぼくを見ている。ぼくがコスプレした、〝己由みよし逢眞おうま〟を見ている。そしてその顔は、みるみると赤くなっていった。

 れんちゃんは、あわててスケッチブックを持つと叫んだ。


「動かないで!

 あ、そこじゃ狭すぎてキャラの三面図描けない。こっちにきてからもういっかいそのポーズをしたまま動かないで!」


 ぼくは、言われるがままに畳の六畳間に入って、おたまを持って、まっすぐとれんちゃんを見つめると、改めて


「好きです。おつきあいしてください」


って言った。


 れんちゃんの顔は真っ赤になった。さっきよりもっと真っ赤になった。ポーッとしていた。

 でも、すぐに「はっ」っと我にかえって首をぶんぶんと左右にふった。

 レースみたいなツヤツヤの黒髪がふんわりと舞った。


 可愛い。


 れんちゃんは、スケッチブックを構えると、ぼくの真正面に立って鉛筆をシャカシャカと走らせた。

 つづいて、真横に立って、鉛筆をシャカシャカと走らせた。

 最後に、真後ろに立って、鉛筆をシャカシャカと走らせた。


 あっという間に、スケッチブックに〝己由みよし逢眞おうまの三面図を起こした。


 これが、ぼく? これが、〝己由みよし逢眞おうま〟?


 なんなんだ、このイケメンは? なんなんだ、この頼り甲斐がありそうなイケメンは? ワイルドなイケメンは!

 ぼくが、スケッチブックのワイルドイケメンにおののいていると、れんちゃんが素早くスケッチブックをめくって叫んだ。


「喜んで!」


 ぼくは言われるままに、空塚からつかさんがぼくをからかうときの顔を思い出して笑った。


「怒って!」


 ぼくは言われるままに、空塚からつかさんが、お昼寝から起きた時の不機嫌そうな顔を思い出して仏頂面ぶっちょうづらをした。


「悲しんで!」


 ぼくは言われるままに、空塚からつかさんが、鹿島さんにシナリオのリライトを食らった時の顔を思い出してちょっとバツの悪そうな顔をした。


「デフォルトの表情で!」


 ぼくは言われるままにデフォルト、つまりは基本の表情で自信満々の空塚さんの表情を想像してニヒルに口角を上げた。


 れんちゃんは、素早くスケッチブックをめくった。そして叫んだ。


で笑って!」


 本心? なんだかわからないけど、ぼくは〝己由みよし逢眞おうま〟の本心を想像しながら笑った。


「違う! 空塚からつかさんが、崔峰さいほうさんを見ているときみたいに笑って!」


 あ? そういうこと!


 空塚からつかさんは女の子に優しい。れんちゃんにも優しいし、発子はつこさんにも優しい。でもれんちゃんには後輩として優しいし、性格がおっさんの発子はつこさんへの接し方はどちらかと言うとぼくや鹿島かしまさんと話す時に近い。結構容赦ない。


 そっか、そういえばそうだ、よくよく考えたら空塚からつかさんは崔峰さいほうさんと話す時だけ表情が違った。なんだろう、ちょっとだけ照れた感じ?

 弊社女性は色々と特殊な人多いから気づかなかったけど、あれ、崔峰さいほうさんのトンチンカンな言語センスにとまどっていたからじゃないんだ。崔峰さいほうさんが好きだから意識していたんだ。


 ぼくは、空塚からつかさんが崔峰さいほうさんと会話して困惑……じゃない! 照れ笑いしているところを想像して演じてみた。


「それ! すっごくいい!」


 よっしゃ!


「次は! 今日の空塚からつかさんみたいに怒って!」


 ぼくは、帝国ホテルのラウンジでこそこそお見合いを見ていた空塚からつかさんが、れんちゃんに見つかった時の事を思い出しながら、消え入りそうな声で叫んだ。


「(ケフちゃん! 勘弁してくれよ!!)」


「それ! すっごくいい!」


 よっしゃ!


「次は、悲しんで! どうすればいいかわかんないけど……とにかく空塚からつかさんみたいに悲しんで!」


 ぼくは昨日、オシャレ可愛い制服を着た、スポーツやってそうなボーイッシュ女子高生のコスプレして写真屋さんに写真を取りに行ったときの帰りに、会社のエレベーターで空塚からつかさんと遭遇して、そこで話した時のことを思い出した。

 ままならない空塚からつかさんの表情を思い浮かべて、吐き捨てるようにつぶやいた。


「……年下の俺なんかハナっから眼中にない」


「なにそれ? すっごくいい!」


 よっしゃ!


「最後に、空塚からつかさんになったつもりで、わたしのことを、崔峰さいほうさんだと思ってじっと見つめて!」


 ぼくは、大事そうに花束を持っている、崔峰さいほうさんを見つめている空塚さんを思い出しながら、気恥ずかしそうにでも、とっても幸せそうに笑った。


「それ! カンペキ! すっごくいい!」


 れんちゃんはものスゴイ速さで、ぼくの表情をシャカシャカとスケッチブックに写しとった。そして、


「できました!」


 と、スケッチブックを広げた。


 そこには、ちょっと信じられないくらい頼りになりそうなワイルド系イケメンの〝己由みよし逢眞おうま〟の喜怒哀楽と、主人公と結ばれることを、勝手にあきらめてしまっている、昔気質かたぎで不器用な男の子の喜怒哀楽が描かれていた。


 すごかった。ぼくは、魂を持って行かれた。

 〝己由みよし逢眞おうま〟の妄想が猛烈にはかどった。


 間違いない。この男の子は、〝己由みよし逢眞おうま〟は、主人公のことがずっと好きなんだ。物ごころがついた時からずっと恋をしているんだ。そりゃそうだ。だってさ、ちょっと危なっかしい天然なとびきり可愛い女の子がそばにいるんだもん。好きになっちゃうよ。

 でも、好きになっちゃって告白するまでに時間がかかりすぎて、高校生になっちゃったんだ。だからもう、主人公のことを異性として好きなのか、妹みたいな存在として好きなのか解んなくなっちゃったんだ。完全に告白のタイミングをのがしちゃったんだ。


 そしてタイミングを逃したまま、自分の運命を目の当たりにしたんだ。一流の、老舗のフレンチレストランの跡取りとして、自分の人生が伝統にと、錯覚をしてしまっているんだ。

 そして、それがただの錯覚だってことを主人公が気付かせてくれるんだ。伝統に縛られるんじゃない。伝統に呪わて石化されて動けなくなるんじゃない。

 伝統をアップデートして生きるんだ。物心がついたときから、もうずっと大好きな主人公に、そのことを教えてもらうんだ。


 れんちゃんのスケッチブックには、そんな〝己由みよし逢眞おうま〟の複雑な二面性を、ままならないキャラクター造形を、見事に、本当に見事に描き切っていた。


 素晴らしかった。


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