第33話 アポなし訪問

 こんな朝早い時間に、全くの予定外のアポなし訪問だ。アレクシスから怒られそうだが仕方がない。

 リゼットはアレクシスの巨大馬トゥルジェに乗せてもらったことは……ない。

 ……婚約者なのに、ない。

 

 アレクシスはリゼットと婚約してから、スキンシップが増えた。人前でもすぐ手を繋いだり、おでこにキスしたり……。

 だが、それは「会えば」であって、安息日の練習の前後にしか「会わない」ので、婚約前とあまり変わっていなかった。

  

 アレクシスに忙しいと断られたら、アーインの会わせたい人には申し訳ないけど、会うのはまた別の機会にしてもらおう、と思いながら、リゼットはダメ元で呼び出しボタンを押した。

 

 ……今日のアレクシスも、かなり時間が経ってから出てきた。

 目があんまり開いてない。寝起きだ。眉間に最高潮にシワが寄っている。

 

「あ、アハッ、アレクおはよ。近くまで来ちゃったから寄ってみた~」

 

 リゼットは明るい感じで手を振って、なんとかごまかした。

 

 アレクシスは、そのあんまり開いてない目で、リゼットの乗ってきた牛犀ダバー車、駝鳥エーミャに乗ったアーインを見て、アーインを〈ヒー〉と震え上がらせる。

 

「ちょっと誰かが私を呼んでるみたいで~。この牛犀ダバー、振り落とされそうで怖いから、アレクの巨大馬トゥルジェに乗せて欲しいなぁ~、な~んて」


 アレクシスは殆ど目を閉じた状態で、リゼットのお願いを無表情に聞いていたが、バタンと扉を閉め、中に入ってしまった。

 

「あっ! ちょっと!」

 

 リゼットは扉をドンドン叩いたが、返事はなかった。

 

「はぁ。やっぱダメか……。どうしよ……、ウワッ!」

 

 リゼットが諦めかけた時、不意に扉が開いて、中から伸びたアレクシスの手がリゼットの腕を掴み、研究所の建物の中に引っ張り込んだ。

 アレクシスはそのままリゼットを、後ろから抱き締める。

 

「……アレク?」

 

 アレクシスは、目を閉じたままリゼットの肩に顎を乗せて固まっている。まだ寝起きから抜け出せていない様子だ。

〈……危なかった〉と、アレクシスは思念で呟いた。

 

〈……外に放置するところだった〉

 

 どうやら今は、寝ぼけてリゼットを閉め出してしまったことの、反省タイムらしい。

 

 

 やがてアレクシスはリゼットの拘束を解くと、彼女の手を繋いで居住スペースにある応接室に連れて行った。

 そのままリゼットをトンと押して椅子に座らせ、〈待ってろ〉と伝えると、アレクシスは奥に消えていった。 

 しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。アレクシスはシャワーを浴びて、目を覚ましてくれているようだった。

 

 アレクシスはどうせ朝御飯もまだだろうから、リゼットは台所を借りて、スーが用意している食材で、軽く朝食を作った。

 リゼットもちょっとした簡単な料理なら出来るようになっていた。ついでにアレクシスの分のランチも用意しておく。連れて行ってくれるなら必要になるからだ。

 

 リゼットがテーブルに出来上がった朝食を運んでいると、アレクシスがズボンに上半身裸で、髪を拭きながらシャワー室から出てきた。

 リゼットは、「もう、服着てよ~!」と言いながら台所に逃げ込んだ。

 

 シャツを着たアレクシスが、リゼットが作った朝食に気付き、礼を言うと片手で「神の石」をいじりながら、食べ始めた。

 リゼットは、そんなアレクシスを横から見つめ、なんだか新婚さんみたいだな~と一人で想像して、一人で赤くなっていた。

 

〈で、お前は何しにここに来たんだ?〉

「え? さっき説明したよね?」

〈……聞いてない〉

 

 ──アレクシスの寝起きがここまで悪いとは知らなかった。

 一緒に住んでた頃は徹夜とか、なかったせいかもだけど……。

 

 リゼットは最初から説明する。

 

「アーインが会わせたい人がいるって言うから、用意してくれた牛犀車に乗ったけど、振り落とされそうで無理! って思ったから、アレクの巨大馬で連れて行ってもらいたいな~って」

〈ああ。牛犀に乗って、二段階目がいい感じの速さで行けるのは、お前の親父ぐらいだからな〉


 やっぱりアレクシスも、牛犀のことは知っていたらしい。リゼットは上目使いで、アレクシスをうかがう。

 

「……で、どうでしょう? バオアン平原の端辺りのジャングルで待ち合わせらしいんだけど……」

〈お前一人でそんなとこまで行かせられないだろ〉

「やった! アレク、ありがと♪」

 

 嬉しくなって、リゼットがついギュッと食事中のアレクシスに後ろから抱きつくと、〈ウワッ、やめろ〉と彼は照れた。

 

 ──自分はしょっちゅう私に抱きつくのに、抱きつかれると照れるんだ。

 

 良いことに気付いたなとリゼットは思った。

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