48話 彼女と俺の感覚の違い

「こういう機会、意外とないんですよ」

「お前には縁がなさそうだよな」


 焼きそばの屋台をやることになって数日。

 放課後、俺は五十鈴と一緒にスーパーにやってきていた。

 焼きそばを作る練習をしたいので、五十鈴につきあってもらうのだ。


「わあ……野菜がいっぱい」

「マジでスーパーとか来たことはないのか?」

「ありませんね。買い物は中山さんがしてくださるので」


 玉村家を仕切る、ハウスキーパーの女性だ。


「両親と買い物に行く時はデパートや専門のお店がほとんどなんです。だからスーパーに行った経験がほとんどなくて……こういう人間、逆にレアですよね?」

「まあな。誇れることでもないが」

「初めての相手が先輩なのは嬉しいです」

「…………」

「なぜ顔をそらすんですか?」

「なんとなくだよ」


 リアクションに困る言い回しをしないでほしい。狙って言っているのか、純粋に言葉通りの意味なのか、判断に迷ってしまう。


「とりあえず焼きそばは確保できたな」

「あまり食べないのでこれまた新鮮です」

「焼きそばも食べないのか?」

「我が家で麺類といったらスパゲッティですよ」

「最初に出てくるのはラーメンだと思った」

「ラーメンはあまり……」

「まあ、あの家だとスパゲッティのほうが似合うか」

「スパゲッティは必ずしも高価なお食事というわけではありませんからね。皆さん普段から食べるでしょう」


 俺の家ではほぼラーメンか焼きそばなのだが。


「他の麺類はどうだ? うどんとか、そばとか……」

「おそばは戸隠とがくしで一杯二千円くらいするものを食べたことがあります。おいしかったですね」

「お前って奴は……」

「ふっふっふ。いいでしょう」


 こういうところで謙遜しないのは五十鈴らしいとも言える。


 もしかしたら、クラスメイトとたまに話す時もこんな感じなのかもしれない。俺は五十鈴の性格をわかっているからいいが、さりげなく自慢されるのが苦手な人もいるだろう。そこが、なんとなく避けられてしまう原因なのでは。


「わあ、壮観ですね!」


 五十鈴がルートをそれた。

 飲み物の並ぶ通路へ入っていく。左が冷蔵飲料、右は常温の棚だ。五十鈴はキョロキョロしている。


「こんなにお茶やジュースが並んでいるなんてすごいです。しかも自動販売機より安い!」

「お前、さすがに世間を知らなすぎじゃないか」

「ス、スーパーを知らないだけです。コンビニとかは入りますし」

「ドリンクならドラッグストアにもそこそこ並んでるだろ」

「あれよりもっとたくさんあるじゃないですか。飲み物はメモ帳に書いておけば中山さんが箱で買ってきてくれるので、売り場がこうなっているのは初めて知ったんです」

「テレビに映らないか?」

「うーん、見た記憶がありません」


 スーパーで目をキラキラさせるなんて小さな子供のようだ。そういうところもかわいらしい。言わないけどな。


 次の通路に進んでみる。こっちはインスタントコーヒーやお茶のパックなどがある。五十鈴はコーヒーの瓶を見つめた。


「知らない名前の商品が多いです」

「有名なものばっかりだと思うが」

「うちに置いてあるコーヒーはありませんよ」

「通販で買った高いやつなんじゃないのか」

「うーん、そうかもしれません。当たり前に見ているのでわたしの中ではあれがスタンダードだったんですけど」


 普段話している分にはあまりすれ違いも起こらない。しかしこういう場所に来ると、五十鈴は俺とまったく違う場所で暮らしているんだな、ということを思い知らされる。


「不思議だな」

「なにがです?」

「こんなに感覚の違う俺たちが、お互いを好きになったのが」

「なっ……」


 五十鈴が一歩下がった。


「きゅ、急になにを言い出すんですか。びっくりしたじゃないですか」

「やはり不意打ちには弱いようだな。顔が赤くなった」

「あぅ、恥ずかしい……」


 棚に近づいて、顔を他の人に見せないようにする五十鈴。なにをやってもかわいい。


「で、でも、確かにそうですね。先輩がこれだけ知っているスーパーをわたしは知らない。野球のこと以外は無知な先輩に知識で負けているんですから、これは相当です」

「おい」


 ツッコまざるを得ない。


「わたしももっと、先輩の生活に近づいてみなきゃいけませんね」

「わざわざ下りてきても損するだけだぞ。恵まれてるんだから、そこで暮らしとけ」

「ちょこっとだけ」

「具体的にはどうするんだ」


「先輩の家にお泊まりに行きます」


「……は?」

「そして、一緒にお夕飯を作ったりお掃除をしたりします」

「待て待て、急すぎる」

「今すぐではないですよ。いつかお泊まりしたいと思っているので」

「……いつか、な」

「二学期のうちには」

「思ったより早い……」

「先輩のご両親から許可をいただいた上で実行する予定です」


 ああ、これはもう意志が固まっている顔だ。

 こうなったら五十鈴は折れない。


「清明祭が終わった頃くらいでいこう」


 五十鈴の顔がぱあっと明るくなった。


「ありがとうございます。ワクワクしますね!」


 彼女とスーパーに行ったら思わぬ約束を取りつけられた。

 とはいえ、いつか通る道だ。必死で抵抗することじゃない。

 まだ一ヶ月以上あるが、部屋は早めに片づけておこうと思った。


     †


 ちなみに焼きそばは母さんの指示を受けながら作って、思ったより簡単に完成させられた。


 味見した五十鈴は真面目な顔つきで、


「濃すぎる……かも?」


 と言っていたが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る