40話 電話を待っていました

 お盆が近づいてきている。

 が、ここ数日、五十鈴から連絡はなかった。


 俺のほうからメッセージを送るべきだと思いつつも、なにを書けばいいかわからなくてそのままになっている。夏休みがぼんやり過ぎていく。


 俺は漠然と進路について考えていた。

 大学に行くのか、就職するのか。大学で野球をする道は絶たれた。長いこと野球に投資してくれた両親のために、すぐ仕事に就くのもありだと思う。


 俺は自分のコミュ力に自信がないのだ。五十鈴とは話せるようになったが、大学でやっていけるのか。いやまあ社会人だって同じだろうが、職種によっては最小限の会話で済ませられる可能性はないだろうか。甘えすぎ?


 しばらく、そんなことばかり考えていた。


 そして夜。

 俺はスマホをじっと見つめていた。

 メッセージの文章を打っては消して、打っては消してを繰り返している。


「駄目だ、思いつかない!」


 どうしたものか。このままでは五十鈴が呆れてしまうぞ。


「……電話するか」


 メッセージが無理ならそれしかない。俺は決意が消えないうちに電話のボタンを押した。


「……恭介先輩?」

「よ、よう」

「なんだか、声が弱々しいですね」

「そういうお前だって」


 五十鈴の声はか細く聞こえた。


「実は、ちょっと体調を崩してまして」

「そうだったのか」


 だから連絡がなかったのだ。


「じゃあ、あんまり話さないほうがいいよな」

「いえ、せっかく先輩がかけてきてくれたんですからお話ししましょう」

「大丈夫なのか?」

「今、ベッドで寝ていますからご心配なく」

「そうか……」


 さて、勢いでかけたがなんて切り出そうか。必死で頭をひねる。


「疲れが出た感じか?」

「そうかもしれません。こんなに遊びに出かける夏もなかなかありませんでしたし」

「プールにも入ったもんな」

「あれは楽しかったですよ。翌日は寝坊しましたけどね」

「俺も」


 ふふ、と同時に笑う。


「思ったより早くてホッとしました」

「なにが?」

「寝込んだ時、何日黙っていたら先輩のほうからメッセージをくれるか数えていたんです」

「そ、そうか。十日は経ったか?」

「いえ、ギリギリセーフですね」


 危ないが……情けない。


「もしかしたらお盆に入っても連絡くれないのかなって、ちょっと悲しくなったりもしました」

「ごめんな。メッセージ、送ろうとはしてたんだ。でも文章が思いつかなくて、もう電話するしかないってなってさ……」

「切り出し方って難しいですよね」

「そ、そう。まさにそれだ。一回話が始まればすぐ流れに乗れるんだが、その最初が死ぬほどムズい」

「わたしはけっこう雑にやってますよ。お誘いする時、いつも唐突でしょう?」


 自分で言うのか。


「そうかもしれない」

「まずは思い切って提案して、あとは先輩の反応を見ながら話しています」

「いろいろ考えてくれてるんだな」

「えへん」


 わざとらしい言い方に、俺は自然と笑顔になる。


「しばらく、先輩はなにしてたんですか?」

「ぼーっとしてた。なんとなく、将来のこととか考えてさ」

「将来、ですか。なにかビジョンが?」

「いや、ない。ただ、重度のコミュ障だから人の少ないところで働きたいなーとか」

「進学は?」

「大学で生きていける自信がなくて……。今だって守屋以外にクラスで話せる奴がいないんだぞ」

「弱気ですねえ。いっそ、お父さんの会社で働きますか?」

「……なるほど」

「でも、右腕のことを考えると現場は無理ですね。設計とか事務でしょうか?」

「うーん……」

「恭介先輩のイメージには合わないですね。思いつきで言っただけなので気にしないでください」


 俺は小さく返事をした。

 確かに、彼女の父親の会社に入るというのは理想的ではある。

 だが、俺は現場向きの人間なのに現場で働けない体なのだ。勉強して設計を覚えるか?……なんとも言えない。


「難しいな、進路って」

「先輩は本気で考えなきゃいけない時期ですからね。わたしはまだ余裕ありますけど」

「五十鈴はなにも決まってない?」

「内緒です」

「思わせぶりだな。教えてくれよ」

「いやでーす」

「こいつめ」

「あ、暴力ですか?」

「電話越しにどうやって暴力振るうんだよ」

「思念波とか?」

「俺を謎の能力者にしないでくれ」

「ああうっ、急に頭が……これは、先輩の声……!?」

「そういうのいいから」

「もー、少しは乗ってくださいよ」


 五十鈴が唇を尖らせているのが目に浮かぶような言い方だった。


「ともかく、わたしの進路は内緒です。でも先輩のお悩み相談にはいつでも乗りますよ」

「ああ、ありがとな」


 時計を見ると、話し始めて二十分が過ぎようとしていた。寝込んでいる人間にこれ以上無理はさせられない。


「そろそろ切るかな。ゆっくり休んで治せよ」

「そういう時の切り出し方はスマートですよね、先輩」

「う……べ、別に話すのがいやとかじゃないぞっ」

「あはは、必死にならなくても大丈夫です。わたしのこと、心配してくれてるんですよね?」

「そりゃ、もちろん」

「ありがとうございます。元気になったらまたお会いしましょう」

「ああ。じゃあな」

「その前に」

「なんだ?」

「なにか、元気の出る一言をもらえませんか?」

「……」


 なんとも難しい提案だ。とっさにはなにも――と思ったが、ふわっとその言葉が浮かんできた。彼女はこれを期待しているんじゃないか。


「五十鈴」

「はい」

「……大好きだ。元気になって、ずっと一緒にいてくれ」


 少しの間。


「……ふふ、ありがとうございます。やっぱり恭介先輩、勇気ありますよ」

「期待に応えられたか」

「とても嬉しいです。早く治しますね」


 俺たちは「おやすみ」を交わして、通話を切った。


 結局、将来のことはまだわからない。けれど本気で向き合っていかなければ。

 このまま関係が変わらなければ、俺の進路は五十鈴にも影響を及ぼすだろうから。


「……」


 実は、頭の片隅に引っかかっていることがあった。近々、それを確かめてみようと思っている。


 ひとまず、五十鈴に連絡を取るというミッションはクリアした。

 今日は安心して眠れそうだ。

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