30話 吹っ切れたので攻守逆転です
五十鈴とつきあうことになった。俺にかわいい後輩の彼女ができた。
その翌日。
俺は教室でぼけーっとしていた。四時間目が終わったところである。
「大丈夫かよ」
昨日の試合のヒーロー、守屋が話しかけてくる。
「なんか今日の新海はふわふわした感じがする」
「実際そんな感じなんだ」
これから、五十鈴と一緒に昼食を取る。
朝は会っていないから、つきあってから話す一回目。
「昨日、玉村さん倒れたんだってな」
「聞いてるのか」
「スタンドにいた奴から聞いた。鈴見先生に送られて途中で出ていったみたいな」
「試合に没入しすぎて具合が悪くなったらしい」
「そっか。そこまで見入ってもらえる試合だったか」
守屋は前向きだ。
「エラーだの四球だので自滅する試合は見ていてイライラするだけだからな。見入るってことはそれだけ
「実際、めちゃくちゃいい試合だった。両チームノーエラーだったし」
「片倉も四球一つだけ。あれが決勝でもおかしくなかったけどな」
「まだ五試合勝たないと甲子園に行けない」
「きっついわ」
俺たちは笑った。去年は甲子園に手が届かなかった。今年はどうなるか。案外、やってくれそうな気もするのだが。
守屋が野球部のリュックサックを持って立ち上がる。
「野球部は午後の授業休みで練習させてもらえるんでな、俺はこれで行くよ」
「ああ。怪我だけはするなよ」
「わかってる」
守屋を見送ると、俺も教室を出た。
†
ふわふわして見えるのは、何度も昨日の告白の瞬間を思い返してしまうからじゃないだろうか。まだ実感が湧かないのだ。
つきあってなくても一緒にいる時間は多かった。これでなにが変わるのか。とても想像がつかなかった。
「今日はゆっくりでしたね」
東棟のベンチ。五十鈴はもうそこに座っていた。半袖ブラウスで、白いカチューシャをつけて。
「最近、長袖やめたんだな」
「汗をかきすぎるのも危ないので半袖は使いますよ。風が当たるとこの時期でもちょっと寒いですけどね」
調整が難しそうだ。
「それで先輩」
「なんだ」
「今日のお弁当は特別なものにしてきましたよ。開けてください」
渡された弁当箱のふたをあける。いつものより一回り大きい弁当箱だ。
ご飯にかけられたふりかけがハートマークになっていた。
「えへへ、どうですか?」
「……嬉しいけど、照れるな」
「他の人に見られることはないだろうし、思い切ってかけちゃいました」
「いただきます」
俺はおかずを横に置き、ふりかけだけでご飯を食べた。なんとなくそうしたい気分だった。
五十鈴もサンドイッチを食べる。相変わらず小さなサンドイッチだ。
「わたし、告白されたんですよね」
ぽつりと、五十鈴が言った。
「恭介先輩の、彼女になったんですよね」
「ああ、そうだ。相手をするにはしんどい彼氏だぞ」
「そんなことありませんよ。わたしのほうこそ、体調を崩して迷惑をかけることもあると思います」
「その時は俺が看病する」
「……ふふっ」
五十鈴は小さく笑った。
「そういうこと、積極的に言ってくれるようになりましたね。先輩は駄目なんかじゃないです。素敵な彼氏さんですよ」
「そうなれるように頑張る」
弁当を完食した。
「もうすぐ夏休みだが、どこか出かけるか?」
「そうですね、大河原さんに連れていってもらいましょう。わたしは水族館に行ってみたいです」
「遊園地は?」
「体力が持たないので……」
「そっか。じゃあ遊び回るのは難しいな」
「さっそく迷惑をかけてしまいました。駄目な彼女ですね」
「待て待て、どうしてそうなる。体のこともわかった上で、俺は五十鈴を好きになったんだぞ。迷惑なわけないだろう」
「わあ。恭介先輩、どんどんストレートになってきましたね。ドキドキしちゃいます」
「そうか?」
「だって「出かけよう」とか「好き」とか簡単に言うじゃないですか。
前はもっと遠慮がありましたもん。昨日で吹っ切れたんじゃないですか? わたしは大歓迎ですよ」
あまり自覚がないだけで、積極的な面が表に出てきているのかもしれない。
「それに比べて、わたしは弱いばかりです」
「そう言うなって。五十鈴は勉強もできるし料理もうまいし、すごい奴なんだ。もっと誇っていい」
「……ふふふ」
「な、なんだよ」
「恭介先輩に褒めてもらうためにはネガティブなことを言えばいいんですね。いいことを覚えました」
「お、お前……」
またからかわれる気配がする……!
「とはいえ、普通に褒めてもらえるのが一番嬉しいので、わざわざそんなことはしませんけどね」
「今したじゃないか」
「試してみただけです」
うまくかわされた。五十鈴に会話で勝てる気がしない。思わずため息がこぼれた。
「五十鈴、弁当箱返すよ。今日もうまかった。ハートマークがやりたかったからいつもより大きな弁当箱だったんだよな。趣向に合わせて変えてくれるのも楽しいし、嬉しいよ」
「はい、ありがとうございます」
五十鈴はささっと弁当箱をしまった。む、この反応は?
「ちょっと照れただろ」
「べ、別に照れてませんけど?」
ふいっとそっぽを向く。
「少し顔が赤い気がする」
「暑いからです」
「ふーん」
「……」
沈黙。五十鈴がすぐに耐えきれなくなった。
「もうっ、気づいても言わないでください! こんなことで赤くなってるなんて恥ずかしいじゃないですか!」
「そんなことないよ。かわいい」
「うぁ……ま、前はそんなこと絶対に言わなかったのに……!」
「うん。確信したけど吹っ切れたよ、俺」
「ずるい。これじゃわたしがチョロい女みたいじゃないですか」
「それだけ褒められ慣れてないってことだな。これからはたくさんいいところを見つけてみせるよ。そのたびに褒める」
「うぅ、心臓が持つか心配になってきました……」
五十鈴はこっちを向いた。やっぱり顔は赤かった。
「ほ、ほどほどにしてくださいね?」
「もちろん。嫌になることはしない」
「嫌なんてことは全然ないですけど……」
「もしそういうことがあったら遠慮なく言ってくれ。ちゃんと直す。それで、五十鈴の横にいても恥ずかしくない男になってみせるよ」
「うぅ、今日の先輩には勝てません……」
キザったらしかったかもしれないが、言いたいことは言えた。
立派な彼氏になる。
俺の次の目標は決まった。
予鈴が聞こえた。
「あ、もう行かないと。また放課後お話ししましょうね」
「わかった」
「うっ――」
勢いよく立ち上がった五十鈴がふらついた。俺は即座に腕を掴んで支える。
「立ちくらみか?」
「……すみません。急に立つと起きるんです」
「慌てなくてよかったのに。まだ余裕はあるぞ」
「そ、そういう問題じゃないです。態勢を立て直したかったんですっ」
「ははあ、心が乱れているようだな」
「くぅ、そこまで見抜かれているなんて……!」
五十鈴が悔しそうにこぼす。
つきあって一日目。
なんとなく、五十鈴に勝った気がした。
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