27話 明日はなにか起きそうな気がする

 七月になり、夏の高校野球が幕を開けた。

 一回戦の結果を毎日追いかけているが、うちの対戦相手は松本創造高校に決まった。シードを取っていてもおかしくない私立校。初戦では10点を挙げて大勝した。


 うちは片倉のピッチング次第だろう。俺も投げたかった……。相手が強いほど気合いが入ったものだが、見ているしかできない今はただ不安なだけだ。


 試合を明日に控えたその日の放課後、俺は片倉に会いにいった。


「あっ、新海先輩じゃないっすか。お疲れさまです」

「いよいよ明日だな。調子はどうだ」

「かなりいい感じですよ。俺に任せてください」


 頼もしい後輩だ。

 俺たちは並んで階段を下りていく。


「そういえば先輩、びっくりしたんすよ。玉村さんが応援に来てくれるらしいじゃないっすか」

「生の試合を見てみたいんだってさ。熱中症が心配だから無理するなって言ったんだが」

「鈴見先生は来ないっすかね?」

「平日だからなあ。さすがに保健室を空にはできないんじゃないか」

「ですよね……」


 片倉は暗い顔になった。俺よりだいぶわかりやすい奴だと思う。


「お、めずらしいな、二人で」


 階段の下に、先に出ていったはずの守屋がいた。


「片倉を待ってたんだが、新海も一緒か」

「後輩の激励に来た」

「新海先輩、試合のことになるとめっちゃ気が回りますよね」

「普段は回らなくてすまんな……」


 この後輩、マジで正直すぎる。


「新海も球場来るのか?」

「おう、もちろん見に行く」

「二年が騒いでる。玉村さんが来るぞ!――とかなんとか。お前と仲良くしてる後輩ちゃんのことだよな」

「ああ。その話題が出てるってことは、士気が上がりそうだな?」

「まあな。有利に働くならなんでも大歓迎だ。でも体弱いんだろ、その子」

「具合悪くなったらさすがに帰らせるよ」

「そうしてくれ。スタンドがざわつくとこっちにも伝わってくる」


 俺はうなずいた。五十鈴の面倒を見るのは俺とは限らないけど。


「じゃ、行くぞ片倉。最後の調整をしっかりしよう」

「うっす」


「ちょっと待った!」


 階段を駆け下りてくるポニーテールの女子。新聞部の光崎こうさきほたるだった。


「試合直前のインタビューをさせてもらえるかな? 野球部の記事は反響が大きいからぜひ」


 守屋は真顔で拒否する。


「試合後の感想ならいいけど、直前は勘弁してほしい。なにか宣言すると逆に縛られたりするから」

「ええ、そんなあ」

「はいはいっ、俺は明日完封するつもりで投げまっす!」

「いいね片倉君! 写真いっぱい撮ってあげるよ!」

「おおー! あとで譲ってください!」

「任せたまえ!」

「言ってるそばからお前……」


 盛り上がる片倉と光崎を見て、守屋が額を押さえている。

 そういえば、光崎も片倉からすると一学年上。つまり年上。鈴見先生より現実的な相手にならないだろうか――と俺は余計なことを考えた。


「新海君も応援に行くんだよね。彼女も来るの?」

「彼女ではないが、あいつも行く」

「つきあってないの? あんなに仲いいのに?」

「それを答えるとネタにされそうだからなにも言わない」

「逆に答えだよねそれ」

「……つきあってはいない」

「ふーん、そうなんだねえ。なるほどねえ」


 光崎は疑わしげな目を向けてくる。これだから記者気質の奴は苦手なんだ……。


「まあいいや。守屋君、今日は野球部の練習風景を撮らせてもらうよ。邪魔はしないから」

「本当にそうしてくれよ」


 守屋は俺を見た。


「じゃ、また明日球場でな」

「頼んだぞキャプテン」

「ああ」


 守屋と片倉は部室へ移動していった。


「さて、私は練習が始まるまで写真の整理でもしようかな」

「どんだけ撮ったんだ?」

「百枚から先は数えていない」

「そんなにあっても使い道ないだろ……」

「わかってないなあ新海君。一覧作って貼り出せば、ほしいって言う部員もいるんだよ」

「なるほど」

「ちなみに新海君の写真も山ほどあるよ。普通の練習風景から試合の時のものまで。ほしかったら言ってね」

「俺はぶっちゃけどうでもいいが、母さんがほしがるかもな」

「あ、いいじゃないの。ぜひご両親にプレゼントしてあげて。趣味で撮ってるものだからお金はいらないよ」

「今度よさそうなやつをピックアップして見せてくれるか?」

「わかった。今はいらなくても、将来見返したくなることはあるかもしれないし」

「……そうだな」


 いつか、そういう気持ちになれる日が来ればいいが。


 光崎と別れると、俺は学校を出た。

 校門近くで待っていると、五十鈴があとから出てくるのが見えた。


「お疲れさまです恭介先輩。いよいよ明日ですね」

「しつこいけど、無理はするなよ」

「しませんよ。ただ……」

「ただ?」


 五十鈴はしょぼんとした顔だ。


「明日の予報だと、気温が高そうなんですよね」

「確かに晴れマーク出てたな」

「曇ってほしかったです……」

「日傘を持ってくるのもいいと思うぞ。お前なら許してもらえるはずだ」

「そうですね。一応持っていきます」

「あるんだな……」


 思いつきで言ったが本当に持っていたとは。


「わたし、頑張って応援するので絶対に勝ってほしいです」


 五十鈴は両手を握りしめて気合いのポーズを見せた。かわいい。


「あいつらならやってくれるさ」


 俺たちは一緒に学校を出ようとする。外から白衣の女性が歩いてきた。


「あら、仲良しのお二人さん」

「鈴見先生、その格好で外出してたんですか?」

「ちょっと野暮用があってね。ふふふ」


 なぜ怪しげに笑うのか。


「そうそう、明日はあたしも応援いくから、玉村さんは安心して来てちょうだい」

「えっ、本当ですか?」

「保健室には臨時の先生もいるからね。スタンドで具合悪くなった子のためにあたしもついてくの」

「わあ、助かります!」


 五十鈴は本当に嬉しそうに笑った。鈴見先生が校内に入っていくのを見届ける。


「これで心配はなくなりました。楽しみです!」


 今にもはしゃぎそうな五十鈴。どうやら俺も試合観戦に集中できそうだ。

 二人で近くのコンビニまで歩いていく。


「それでは、今日はこれで」

「まっすぐ帰るんだな?」

「いえ、書店で写真用のアルバムを買って帰ります」

「アルバム? なぜ?」

「近々写真がたくさん増えそうなので」

「ふーん。まあ、気をつけろよ」

「はい。さようなら」


 大河原さんの車で五十鈴が帰っていく。


 写真が増えるとは何事か。クラスでイベントでもあったのだろうか。

 俺は気にせず、片倉にメッセージを送り、鈴見先生も来ることを伝えた。ものすごい量のキラキラした絵文字が返ってきた。

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