25話 見られたらやばいお昼休み

 渡り廊下を歩いて東棟のベンチへ行くと、五十鈴が待っていた。


「昨日はすみませんでした」

「どういう意味のすみませんだ?」

「というと?」

「俺に謎のメッセージを送ってきたことか、単に学校を休んだことか」

「学校を休んだことですけど?」


 メッセージに対しては謝罪しないと。こいつ、けっこう神経太いよな。


「さあ、食べましょう」

「……ああ」


 五十鈴から弁当箱を受け取って食べ始める。昨日メッセージに書いた通り、アスパラのベーコン巻きを入れてくれてある。俺は五十鈴が作る中でも特にこれが好きだ。ベーコンの焼き加減が最高なのだ。


 ところで……。


「今日はいつもより小さい弁当箱にしたんだな」

「わかりました?」

「これだけ一緒に食べてればさすがに気づく」

「ちょっと事情がありまして。今はそれで我慢してもらえると助かります」

「今は? 今日は、じゃなくて?」

「先輩、細かいことを気にしすぎです。どうでもいいことで夜も眠れなくなってしまいますよ」

「……すまん」


 確かに過敏すぎた。

 俺は弁当を食べ進め、すぐ空っぽにした。


「ところで、体調はもういいのか?」

「昨日しっかり休みましたから、もう平気です。これからもたまにこういうことがあると思いますけど、許してくださいね」

「俺が責めると思ってるのか? お前もなんだかんだ気にしすぎだぞ」

「……そうですね」


 五十鈴はかすかに笑ってサンドイッチを口に入れた。


「野球の試合なんだけどさ、当日がめちゃくちゃ暑かったらお前に無理はさせられないなって思ったんだよ」

「熱中症で倒れるからですか?」

「あと貧血とか」

「こればかりは気合いでどうにかなるものではありませんからね……」

「だから、やっぱり応援は、」

「行きますよ」


 きっぱり言われた。


「わたし、球場って行ったことがないんです。いつも映像で見るだけで、実際の空気を知りません。恭介先輩がどんな場所で戦っていたのか、それを知りたいんです。だから行きます」

「そ、そうか。ちなみに場所は県営野球場だ」

「近いじゃないですか。てっきり松本や諏訪すわまで行くのかと思ってました」

「シード権のメリットだな。四回戦までは学校がある地区の球場で試合ができるんだ」

「遠征しなくていいんですね」

「そういうこと」

「助かります。具合が悪くなったらすぐに大河原さんを呼ぶことができますし」

「なるほど」


 春の大会、頑張っておいてよかったな。そんなこと思った。


 春季大会の成績によって夏のシード校が決まる。

 まず地区予選、そのあと地区上位校による県大会。ここで一勝すればAシードを取れる。


 俺は県大会の一回戦を、140球使って最後まで一人で投げきった。試合は2対1でギリギリの勝利。シード権を手に入れた。次の試合は休養のために投げなかったのだが、その時にはもう、右腕は限界を迎えていたのだろう。


 準決勝の試合前の投球練習。投げようとして腕を振った瞬間、パキッと音がして腕に力が入らなくなった。すぐさま病院送りとなり、骨折が判明。しかも、折れた骨が神経を傷つけてしまい、腕に力が入りにくくなるという最低最悪のおまけまでついてきた。


 入院、手術、退院……そこで五十鈴と出会った。不思議な縁だ。


「どうしたんですか? いきなり黙っちゃって」

「退院した時のことを思い出してた。あそこで五十鈴に会ったのは偶然だけど、そういうものを大切にしないといけないよなって」


 五十鈴は微笑む。


「出会いはいつだって偶然です。先輩がわたしを助けてくれたのも偶然ですし」

「そうだな」


 おや? 今ちょっといい雰囲気だぞ。

 これは行くべきか?

 思い切って告白するにはかなりいい感じの――


 と、そこまで考えたところで五十鈴の動きに気づく。

 スクールバッグをごそごそし始めた。

 取り出したのは小さなタッパーだった。


「……なんだ、それ」

「えへへ。これは追加のチキンナゲットです」

「くれるのか?」

「はい、そのためにお弁当箱を小さくしたんです」

「なんのために……」


 五十鈴はふたを空けると、箸でナゲットをつまんだ。


 そして、俺の顔の前に持ってくる。


「先輩、あーんしてください」

「はああああっ!?」


 思わず大声を上げてしまった。


「な、なにやろうとしてんだよ!?」

「昨日、不意に思いついてしまったんです。やるしかないと」

「ま、待て。誰かに見られたら終わる。噂が……」

「大丈夫。誰もいませんよ。さあ」

「うぐ……」

「わたし、握力がないので早くしないと落としてしまいます」

「くっ――」


 告白どころではなくなった。雰囲気を向こうが破壊してきた。やるしかないのか。


「じゃあ、もらう」


 俺は口を開けた。


「あーんって言ってください」

「勘弁してくれ!」

「あっ、手が震えてきました」

「じゃあ早く!」

「あーんがないと無理なんです」

「どうしてだー!」

「先輩、急いで」

「うう……」


 本当に五十鈴の手が震えているので、俺は覚悟を決めた。


「あ、あーん……」

「よくできました」


 五十鈴の箸が伸びてきて、ナゲットが口に入る。……うん、うまい。


「かわいいですよ、恭介先輩」

「……楽しそうだな」

「最高です」

「お前にはかなわないよ」

「手の上でコロコロしてあげます」


 宣言されてしまった。昨日に続き今日も負けか?


「二回目いきましょう。はい、あーん」

「ぐっ――……あーん……」


 二つ目を食べる。あと数回つきあえば終わるし、耐えるしかない。


 ――いや、負けてたまるか!


「それっ」

「あっ!」


 五十鈴の隙を突いてタッパーを奪った。


「お前もあーんするんだ」

「せ、先輩!? 腕力で反撃なんてずるいです!」

「やられっぱなしじゃ終われないからな。さあ、食べさせてやるよ」

「あ、あの……」


 俺はナゲットをつまんで五十鈴の前に出した。


「俺は握力があるからいつまでも待てる」

「うぅ……」


 五十鈴の顔がたちまち赤くなっていく。やっと逆転できたぞ。


「せ、先輩の好意は受け取りました。だからもう――」

「はい」

「あ、あうぅ……」


 なんだろうこれ。とてもいけないことをしている気分になってきた。


「くぅ、し、仕方ありません。いただきます」

「うん。それが一番だ」

「……あ、あーん……」


 ぱくっ。


 ……かわいい。


 それが、俺の率直な感想だった。顔を赤くしてナゲットをもぐもぐしている五十鈴が、たまらなくかわいらしかった。


「も、もういいですよね!? 残りは先輩にあげますから食べてください!」

「わかった。もらうよ」


 俺は余ったナゲットを一つずつ口にしていく。五十鈴のかわいさに、心臓がドキドキしているのがわかった。


 やっぱり五十鈴のことが好きだ。早くタイミングを見つけなければ……。


 そんな俺の横。五十鈴は両手で顔を隠して、


「負けた……」


 と小さくこぼしていた。

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