24話 五十鈴が学校にいなくても

『張り切りすぎて熱を出してしまいました。明日は休むつもりです』


 日曜日の夜。五十鈴からそんなメッセージが送られてきた。

 昨日はあちこち移動した。

 もともと一週間の疲れがあったのに、それも加わって体調を悪くしたのかもしれない。


 俺は『了解。お大事に』と返しておいた。


     †


「きついところだな」

「まったく。ついてねえよ」


 月曜日の朝、俺は守屋と話していた。

 土曜日は夏の高校野球県大会の抽選会があったのだ。


 俺もチェックしたが、春に予選で敗退した私立校が隣に入ってしまった。本来なら毎年シードを取っているレベルの高校だ。さすがに夏はチームを仕上げてくるだろう。

 相手は一回戦に勝てばうちと当たるわけだが、初戦を取った勢いにそのまま飲まれるということもある。


「新海がいてくれたらな」

「すまん……」

「いや、こっちこそ弱音吐いて悪かった。そもそもうちがシード権持ってるのも春にお前が頑張ってくれたおかげだ。無駄にしないようにするよ」

「チームの調子はどうだ」

「打撃は上がってきてると思う。あとはピッチャー次第か」

「片倉以外は?」

「なんとも言えない」


 試合を作れる投手が一人しかいないのは難しい問題だ。怪我をしていなければ俺と片倉が交互に投げるという余裕もあったのだが。


「まあ、打ちまくってカバーするさ。試合が終わった時に相手より1点多く取ってりゃ勝ちだからな」


 俺は思わず笑った。


「ありきたりなセリフだな。負けフラグっぽいぞ」

「フラグはへし折るのが俺たちさ」

「楽しみにしてる」

「ところで、後輩ちゃんとはどうだ?」

「一緒に応援に行こうって話をした」


 守屋がニヤニヤし始める。


「いいじゃん。同じクラスの女子が来れば片倉もやる気になりそうだ」

「あいつは年上好きだぞ」

「いいんだって。美人がくればテンション上がる奴は絶対いる」

「この話、部内に広めるつもりか?」

「お前がいいなら」

「別にいいが……」

「サンキュー。これで士気が上がるぜ」

「単純だな」

「前から女子が近くに来た時はみんな張り切ってたぞ。お前はまるで興味なさそうだったけど」

「練習以外のことに気を取られるのは駄目だろう」

「真面目だな。そこがお前らしかったんだけど」


 先生が入ってきた。守屋が体を前に向ける。


「後輩ちゃん、体弱いんだろ。最後まで試合見られるといいな」


 ぼそっとそんなことを言った。


 そう。

 球場は日光に晒されている。

 五十鈴が一試合――高校野球ならおよそ二時間半、見続けられるか。

 今日休んでいることも考えると、あまり無理させないほうがいいのかもしれない。


 ……悩ましいな。


     †


 四時間目。国語の授業中。

 俺はぼけーっと先生の話を聞いていたが、不意に携帯が振動し、ビクッとした。


 五十鈴からメッセージだ。なにを言ってきた。


『授業の邪魔にやってきました。さようなら集中力』


 思わず舌打ちしそうになった。

 あいつ、家で寝ていても俺をからかうつもりなのか。


『静かに寝てろ』

『寝ているのでご心配なく』

『こういうのはよくない』

『その理由をぴったり50文字で説明してください』

「…………」


 めんどくさい……。

 先生に気づかれていないからいいものの、あまり下ばかり見ていると怪しまれる。


『先生にバレたらまずい』


『確かにそれはありますね。ですが私もさみしくてこうしてメッセージを送っているんです。できればそこをわかってほしいです。ああ先輩。部屋がとても静かで怖いです。幽霊が出てきそう。もし本当に出てきたら助けてくれますか?学校からこの家まで駆けつけてくれますか?颯爽と助け出してくれたらまたおいしいものを食べさせてあげますよ』


「新海君、具合でも悪いのか?」

「あ、いえ。……すみません」

「眠くなるかもしれないけど、テストに出るところなんだからちゃんと聞いててよ」

「はい……」


 くそ、文章が長すぎて最後まで読んでたら想像以上に時間を食った!


 五十鈴の狙いはこれか。俺が全部読むと確信して、あえてどうでもいいことを長々と書いた。俺はまんまとはめられたのだ。


『やりやがったな』

『なんのことです?』

『もう今日はこれで終わりな』

『冷酷ですね』

『俺は授業を受けているんだが?』

『じゃあ許してあげます』


 ひとまずこれで逃げ切れそうだ。

 まあ、ぼーっとしていたから、五十鈴とのやりとりがあってもなくても同じようなものだったけどな。


『早く治せよ』

『ありがとうございます。明日は行けると思います』

『無理はするな。最近暑いから』

『優しいですね』

『普通のことを言ってるだけだ』

『意外にそういう気配りのできない人、多いんですよ』

『そうなのか。まあお大事に』

『明日のお弁当に入れてほしいものありますか?』

『アスパラのベーコン巻き』

『ちょっと焦げ目をつけて巻きますね。お楽しみに』

『わかった。じゃあまた』

『心配してくれてありがとうございました』

『気にするな』

『明日はたくさんお話ししましょうね』

『わかった』

『土曜日の振り返りもしたいです』

『わかった』


 くそ、いつまで経っても終わらない!

 わざとか!? わざと引き延ばしてるのか!?


 俺は顔を上げる。

 先生と目が合った。が、今回はなにも言わずにスルーしてくれた。危ない。


『今度こそ終わりにする。また明日』


 ……既読マークがついたのにしばらく返事が来なかった。

 そのまましばらく経って、授業が終わる。俺はもう気にしないことにしてノートはきっちり取った。


 今日はほとんど進んでいないから今後に支障はない。だからこそ五十鈴の相手をしてやる余裕もあったのだ。たぶん、向こうも俺が暇かどうかは最初の数回で把握したと思う。忙しそうだと感じたら早めに切り上げてくれたはずだ。


 教科書をしまっていると、メッセージが届いた。


『お疲れさまでした。午後も頑張ってください。それではまた明日』


 まだなにかひねってくると思っていた俺は、肩透かしを食った気分だった。


 やれやれ。

 あいつにはまだまだ勝てそうにない。

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