22話 五十鈴の両親に会う
敷地の広い大豪邸を想像していたら、家は縦に長かった。
五十鈴の家の前までやってくる。
黒い外壁の二階建て。確か地下一階があるらしいので、かなり広そうな家だ。マンションみたいに各部屋にベランダがあって、バスタオルなどが干してある。
「ついてきてくださってありがとうございます」
「逃げようがなかっただろ……」
大河原さんが家の横にある駐車場に車を入れる。
この車を含めて六台。金持ち。
車を降りた五十鈴はスマホを操作していた。
「もう準備はできているそうです。先輩、どうぞこちらに」
「よ、よし」
俺は気合いを入れた。強豪校の強打者と勝負するくらいの気持ちで向かおう。
大河原さんが回り込んで、重そうなドアを引き開ける。
玄関が現れた。
さっきから広いしか言っていないがとにかくここも広い。天井も高く、生活レベルの差を思い知らされる。
靴を脱いで上がる。すぐそこに階段があるが、そちらには行かず、横を抜けて一番近くの部屋へ。
「お父さん、お母さん、ただいま戻りました」
五十鈴がドアをスライドさせる。
……家族にも敬語なんだな。
俺は五十鈴に続いて部屋に入る。
応接室のようだ。
床には分厚そうな絨毯。大きなローテーブルがあり、それを囲むように茶色のソファーが四つ置かれている。壁には写真や絵画が掛けられていた。
そして、奥のソファーに並んで座っているのが五十鈴の両親だろう。
父親はメガネをかけた、たれ目の男性だ。マッシュの黒髪が決まっていて、かなりアクティブそうな印象を受ける。ポロシャツにジーパンとラフな格好だった。
対して母親は目つきが鋭く、顔立ちもシャープで威圧感がある。こちらはブラウスにロングスカートと、家にいるにしてはけっこうおしゃれな出で立ち。ちょっと物憂げに見えるのは気のせいだろうか。
「この方がいつもお話ししている新海恭介先輩です」
「こ、こんにちは。新海と言います」
「かけてください」
最初に言ったのは母親のほうだった。凛としたアルトボイス。娘は清楚とかわいいを合わせた感じだが、親はクール系美人という雰囲気。腕組みしたらすごく絵になりそう。
俺は「失礼します」と一声かけて、対面のソファーに座った。右隣りに五十鈴も腰を下ろす。
なんだろうこれ。入社面接かなにか?
「よく来てくれたね、新海君。僕は五十鈴の父親で玉村
「玉村泉美と申します。今日は来てくれてありがとう。五十鈴からお話は聞かせてもらっています」
「ど、どうも……」
修介さんは穏やかだが、泉美さんはちょっと冷たい。
「ふうん、なるほどね。確かに、五十鈴が気に入るのもわかるねえ。泉美、そう思わないかな?」
「ええ、よくわかります。五十鈴に足りないものを備えている」
「体格がいいというのは重要だね。礼儀もできている。五十鈴を助けてくれたというのも誇張ではなさそうだ」
「もう、お父さん、わたしはありのままを話しただけですよ」
五十鈴が不満げに言う。
「ははは、ごめんごめん。とっさにそんなことをできる人間がどのくらいいるのか疑わしくてね。でも、新海君なら五十鈴くらい簡単に支えられそうだ。確か、怪我をしたんだったね?」
「そ、そうです。腕の骨を折ってしまって……」
「もうすぐ夏の大会なのに、残念だろう」
俺はうつむく。あらためて言われると、やはり悔しい。
「修介さん、その言い方は少々残酷かと。――新海君、あなたにとってはつらい時期のはずなのに、腐らずに五十鈴の相手をしてくれていること、本当に感謝します。いつかプラスに転化する時期がきっと来ますよ」
「あ、ありがとうございます……」
泉美さん、旦那さんにもさん付けするんだ。俺に対しても丁寧な姿勢を崩さないし、元からこういう性格の人なんだろう。
「似てないな……」
「なにがです?」
ぼそっとつぶやいた言葉を、五十鈴にばっちり聞き取られていた。
「な、なんでもない」
「似てない、と言いましたね? わたしと誰がですか? 二人とも? それともどちらか片方ですか?」
「そんなに食いつかないでくれ……」
気まずい。両親の前でこの話題を発展させるのは怖すぎる。
「どんな風に似てないんだい?」
修介さんまで乗ってきた。
「泉美と五十鈴が、かな? それは実際、いろんな人に言われることだよ」
「そうなんですか?」
「君もそう感じたんだろう?」
「ちょこっとだけです……」
「あはは、別に責めてないさ。泉美はお堅いけど五十鈴は柔軟だからね。雰囲気も自然と変わってくるさ」
俺はうまい返事が思いつかず、もごもご口を動かすだけだった。またしてもコミュ障発動。
泉美さんは視線を横にそらした。
「どうせ、融通の利かない女です」
「ああ、待ってくれ。泉美が悪いと言ってるわけじゃないんだよ。五十鈴とは違うよねというだけで、いい悪いの話じゃない」
「昔から冷たいと言われてきました。五十鈴が修介さんの性格を受け継いでくれてよかったです」
「まあまあ。そうすねないで。子供たちが困ってしまうよ」
「ええ、そうですね。私は駄目な女です……」
「よしよし、泉美は素晴らしい女性だよ」
……えーと……。
なんですか、これは。
俺はどうして、五十鈴の両親が仲睦まじくしている様子を見せられているんだろう?
しかも、二人とも若く見えるから、夫婦というよりカップルのたわむれにも見えるようで……。
「恭介先輩」
五十鈴がささやいてくる。
「あの二人、ところかまわずイチャついてしまうのでそこは許していただければと……」
「それを娘がフォローするの、けっこうやばくないか……?」
でも修介さんは大企業の社長で、泉美さんは経理をやってるんだよな。見かけによらないものだ。
「さて新海君」
「あ、はいっ」
「もし君が五十鈴と一緒にいるのを嫌だと感じないなら、これからもぜひ相手してあげてほしい。この子はなぜか周りが寄りつかなくてね。同世代に仲良くしてくれる人がいるのは重要だ」
「嫌なんかじゃないです。頑張ります」
もっと他に言い方があっただろう――と思うのだが、緊張するとまともな返事ができなくなる俺であった。
「新海君、私からも五十鈴をよろしくお願いします。この子、あなたの話ばかりするのです。これまで学校の誰かが話題に上がることはほとんどなかったので、私も楽しみにしています」
「はい」
――それ以外になにも言えなかった。情けない。
「ね、期待通りの方だったでしょう?」
五十鈴が得意げに言うと、両親がうなずいた。息ぴったり。
「ちょっと不器用な感じが逆に好感度高いなあ。早くも将来が楽しみになってきたね」
「修介さん、プレッシャーをかけるのはよくありません。私たちは極力関わらず、自然なおつきあいをさせるべきでしょう。その上で発展があれば――」
「わたしたちの前でその話するんですか?」
「とにかく、仲良くやってくれたまえ」
むりやりごまかしてきたぞ。
「ともかく、今日は君に会えてよかった。今お茶を出そう。飲んでいってくれ」
「私が入れてきます」
「いえ、先輩にはわたしが」
「まあまあ、ここは買ってきた人間がやるべきじゃないか?」
親子三人が同時に立ち上がり、睨み合いの体勢になった。
「修介さん、男性同士のお話もあるでしょう?」
「泉美こそ、新海君に訊きたいことがあるならチャンスだよ」
「二人とも、ここはわたしが入れたお茶を先輩に味わっていただかないといけない場面ですよ」
えーっと……。
とりあえず、玉村家がとても仲良し家族だということだけはよく伝わってきた。
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