14話 名前で呼び合う攻防戦
今週末もどこかに出かけたいと言われるのだろうか。
金曜日、俺は落ち着かない気分でいた。
どうも、街に遊びに繰り出す感覚がまだ掴めていないのだ。
昼休み。俺と玉村は東棟のベンチで昼食を取っていた。
「玉村、週末どうすんだ」
「今週は特に予定ありませんよ」
玉村が俺を見てニコッと笑う。
「なんです? 出かけたくてウズウズしているんですか?」
「逆だ。予定がないと聞いてホッとしてる」
「じゃあ遊びに行きましょう」
「お前って奴は……」
「というのは冗談です」
玉村はサンドイッチをかじる。
「今週はどうも体調が思わしくないので、家でしっかり休みたいんです」
「それは重要だな。学校を休むのはよくない」
「新海先輩のお弁当がなくなってしまいますからね」
「そこはなんとかできる。お前の出席日数が足りなくなるという話だ。学校にいるあいだはよくても、将来的に影響が出る可能性はあるだろう」
「心配してくれるんですか?」
「まあ、一応な……」
「嬉しいです」
本当に嬉しそうな声で言ってくるから、俺は少し慌ててしまう。どうも、近頃の玉村にはドキドキさせられてばかりだ。
以前より、何気ない仕草や言葉に自分の顔が熱くなるのを感じる。
「将来は独立したいとか言ってたよな。具体的にはなにをやるんだ?」
「教えません」
玉村は前のように人差し指を唇に当てる。
「それに、今年が思うようにいかなかったら独立はできませんから」
「でも、来年もお前はこの高校に通うわけだろ?」
「重要なのは今年のほうなんです」
「ふーん……」
よくわからないが、わかったことにしておこう。
しばらく会話がなくなり、俺は黙々と弁当を食べ進めた。
「ごちそうさま。今日もうまかったよ」
「ありがとうございます」
玉村は弁当箱をスクールバッグにしまうと、また黙った。横目で様子をうかがうと、足や指が小刻みに動いていることに気づいた。そわそわしているようだ。
「玉村――」
「あ、あのっ」
急に大声を出され、俺はビクッとした。
「ど、どうした」
「またお願いを聞いてもらいたくて。い、いいですか?」
「内容による」
またも沈黙。
玉村は表情を硬くしている。そんなに言い出しづらいことなのか。
「し、新海先輩、わたしのこと、下の名前で呼んでくれませんか?」
「……はい?」
予想外のお願いだった。
「いつもわたしのこと、玉村って呼ぶじゃないですか。でも、こうやって話すようになってけっこう経ちましたし、そろそろ名前で呼んでほしいなって思ったりして……」
指で髪の毛をさすりながら言う。恥ずかしがっている。いつも顔が白いから、赤くなると非常にわかりやすい。
……こいつのこういうところ、ずるいよな。
俺はこんな姿を見せる玉村をかわいいと思ってしまうのだ。
「なんだっけ、下の名前」
「五十鈴です」
「――五十鈴」
「はうっ」
「へ、変な声出すなよ」
「だ、だって、なんのためらいもなく言うものですから……」
「一回呼んでほしかっただけなんだろ?」
「え?」
「え?」
沈黙。……何回目だ?
「ち、違いますよっ。これからずっと、名前で呼んでほしいっていう意味です!」
「マジか」
「先輩、妙なところで鈍感ですよねっ」
語気が荒い。怒らせてしまったか。
「わかった。これからは五十鈴って呼べばいいんだな? さん付けのほうがいいか?」
「いえ、そのままで」
「じゃあ、あらためてよろしく」
「はい」
「うん」
「…………」
玉村……五十鈴が睨んでくる。
「よろしくと言ったらもう一回呼んでくれる流れじゃないんですか!?」
「そんな決まりはないだろう」
「よろしくお願いします、恭介先輩」
「なっ!?」
俺は硬直した。
「お、おおおお前、なに自然に俺まで下の名前で呼んでるんだよ!?」
「わたしなりの流儀です」
「むずがゆいわ!」
「恭介せんぱぁい」
「ぐあああああっ」
甘ったるい声を出されて、俺はもだえそうになった。両腕をクロスさせて胸をガードする姿勢を取る。
「どうしたんですか?」
「俺をからかって楽しいか?」
「からかっているわけではありません。コミュニケーションのランクアップです」
「もうちょっとゆっくり進めるもんだろう!?」
「お互いに名前で呼び合う。段階としては自然だと思いますよ」
「理屈ではそうだが……」
「恭介せーんぱいっ」
「お前ええええッ、絶対にからかってるだろ! 言い訳は受けつけない! 許さん!」
「どうするつもりですか?」
俺は勢いで五十鈴に顔を近づけた。
「えっ、待っ……近っ……」
向こうは一瞬で顔が真っ赤になった。慌てて下がろうとするが、もともとベンチの端にいたから逃げ場はない。俺はずいっと距離を詰めて、
「五十鈴」
低い声でささやいてやる。
「ひっ」と、五十鈴が体を震わせた。
「お前も俺の受けた恥ずかしさを味わえ。なあ?――五十鈴」
「や、やめてください! 急すぎます!」
「お前が始めたことだ……そうだろう、五十鈴」
「ひゃっ……」
「五十鈴」
「あああっ」
五十鈴は背もたれに体を預けてピクピクしている。リアクションがよすぎる。俺は元の位置に戻った。
「思い知ったか」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
五十鈴は両肘を太ももに突いて頭を抱えた。
「ゆっくり……進めていきましょう」
「それが一番だ」
予鈴が鳴った。もう行かなければ。
「玉村、立てるか」
「大丈夫です、新海先輩」
「あ」
「あっ」
俺たちは顔を見合わせて同時に笑った。
「まあ、そのうち慣れるよな」
「きっと普通になります」
五十鈴が立ち上がり、ペコッと頭を下げた。
「あらためまして、よろしくお願いします。恭介先輩」
「こちらこそよろしく、五十鈴」
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