11話 保健室の先生が妙に色っぽい

 週明け、ゆっくり登校すると、校門前に黒い車が止まっていた。

 ドアが開いて玉村五十鈴が降りてきた。


「あら、新海先輩、おはようございます」

「おはよう」


 玉村は軽く頭を下げると、そのまま昇降口へ歩いていく。話題を振ってくると思っていた俺は拍子抜けした。


「待ってくれ」


 横に並ぶ。


「土曜日は助かった。ありがとな」

「ええ……」


 返事がやけに暗かった。そういえば、足取りにも力がない。


「……大丈夫か?」

「今日は、少し調子がよくないんです」

「教室まで連れていってやろうか」

「事件になりますよ」

「まあ、そうかもしれないが」


 しかし、体調の悪い相手を放って自分の教室に行くのも落ち着かない。


「なにかできることがあれば言ってくれ」

「お気になさらず。このくらい慣れています」

「無理して来なくてもよかったんじゃないか?」

「でも……」


 玉村はやや赤くなった顔で言った。


「先輩のお昼ご飯が……」


 ハッとした。

 確かに、玉村が来なければ俺の昼ご飯はない。弁当を用意してもらうのが当たり前になったから、自分で持ってこなくなった。


「いやいや、そんなことより自分の体調だろ。倒れたら一大事だ」

「わたしは、先輩の面倒を見たいので」

「体を壊したら元も子もないだろ。よし、保健室に行こう」


 俺は玉村の手を掴んでゆっくり引いた。


「あっ――せ、先輩!?」

「教室に行くより間違いない」

「そ、そうじゃなくてっ」

「……しょうがないだろ。お前の無茶は強引にでも止めなきゃいけないからな」

「うう……」


 振り返ると、玉村の顔はさらに赤くなっていた。具合が悪いからか、あるいは――。


「ほら、ついたぞ」


 余計な考えは振り払い、俺は玉村を保健室の前まで連れてきた。ドアを押し開ける。


「あらあら、新海君が来るなんてめずらしい……と思ったけどそういうことね。納得したわ」


 保健教師の鈴見すずみあずさ先生が机について書類を書いていた。

 二十六歳の女性教師で、シャープな顔立ちとスタイルの良さ、そこに白衣をまとっていることもあって男子生徒から人気を集めている。年上好きにはたまらない魅力があるらしい。


「玉村さん、今日はもう駄目そうなのね」

「平気です……」

「無理しない」

「……はい」


 玉村は鈴見先生の手を借りて、三つあるうち一番奥のベッドに案内された。


「新海君、ありがとうね。玉村さん、ここの常連だからいつ来るか不安になるのよ」


 カーテンを閉めた鈴見先生は俺のところまでやってくる。


「学校のどこかで倒れてるんじゃないかって、気が気じゃなくて」

「なんていうか、大変ですね」

「そうねえ」


 白衣の下はブラウスで、その下はもちろん見えないが豊かな膨らみがある。

 そう考えると、玉村はかなりなだらかだ。平らではないが……ああ、まずい。よくないことを考えている。


「どうしたの?」

「な、なんでもないです」

「玉村さんとは仲良くしてるの?」

「まあまあですね」

「あの子の交友関係からしたら、まあまあの相手ができただけでも一歩前進ね」


 そんなに深刻なのかよ。


「よかったら二時間目が終わった頃に来てくれる? その頃までは早退させずに様子見るつもりだから」

「わかりました」

「おっ、これはまあまあなんてもんじゃないわね」


 鈴見先生がにやっと笑う。


「たまたま助けただけならまた様子見に来てって言ってもうなずかないでしょ? でも貴方は即答した。それだけの仲ってことね」

「なんで鎌かけてるんですか!? 生徒の関係なんてどうでもいいですよね!?」

「えー。だってあたし彼氏いないんだもの。リア充の生徒たちを眺めて舌打ちするのが数少ない楽しみなのよ」

「ひどい歪み方してる……」

「で、どこまでいってるの? 社長令嬢と野球部の元エース。理想的なカップルよね。もうキスは余裕で通り過ぎた?」

「ま、ま、まさか! 俺たちそういう関係じゃないんで!」

「あ、顔が赤くなった。もー、試合の時はかっこいいのにかわいいところもあるじゃない。貴方に彼氏になってもらおうかな」

「生徒を誘惑するな!」

「はい、ごめんなさい。新海君、純情っぽいからリアクションが面白いわぁ」

「先生にもてあそばれた……」

「ああ、泣かないで」

「泣いてません!」

「あたしの包容力、確かめてみる?」


 ちょっと胸を突き出してくる。


「ゆ、誘惑禁止って言ったところです!」

「いちいちいい反応するなぁ。無限にからかいたくなっちゃう」

「お、俺はもう教室に行きますよ!」

「いいの?」

「……どういう意味です?」

「貴方がいなくなった直後、玉村さんの命が危険に――」

「えっ、そんな症状重いんですか!?」


 俺が突っ込んで訊くと、鈴見先生は身を引いた。


「新海君、将来悪い女に騙されそう……」

「な、なぜ?」

「だって今の、明らかにふざけてるだけってわかるでしょ。なのに真剣な顔で玉村さんの心配するから……」

「か、からかわれていた……だと……?」

「そんなこともわからないなんて……逆に申し訳なくなってくるわ」


 鈴見先生は肩をすくめ、「やれやれ」と息を吐き出した。


「ま、玉村さんが寝込むのはいつものことだから心配しないで。もし状態が悪化したら速やかに対応するから」

「本当にお願いしますよ」

「大丈夫。こんなのでも教師だから」


 鈴見先生はサムズアップした。いいんだろうか、自分をこんなのとか言って。


 ともかく、玉村を預けたので一安心。教室に向かおう。


     †


 教室でホームルームを待っていたら携帯が振動した。

 玉村からメッセージだ。


〈鈴見先生とはしゃいで楽しそうでしたね。楽しそうでしたね。〉


 絵文字一切なしの簡潔な文章。しかも文末を繰り返している。


 あれ、怒らせた?

 もしかして、玉村の近くで他の異性と騒ぐのは、まずい……?


 なんとなく、背筋が寒くなった。

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