Side F 43(Fumine Hinokuchi) 閘舞理による真実
いままでのお母さんが示してきた道は、学問の道ばかり。
勉強や読書ばかり勧められ、それ以外の一切を拒否されてきた。あたしの自発的な行動は、基本的に却下されてきた。
お母さんは、その理由を多く語ろうとしなかったが、たぶん、お母さんが成し遂げられなかった科学者としての夢を娘に託したいという想いからだと思っていた。違うと言うのだろうか。
「それから、お父さんの情報を意図的に隠してきたことも。すべて理由があるの」
頭に疑問符がいっぱいだ。お母さんが言わんとすることが何一つ分からない。
「これから、私、閘舞理の話す内容は、初めて聞く人にとっては、荒唐無稽な話に聞こえると思います。でも、紛れもなく科学的に立証された話なのです」
「ちょ、ちょっと、お母さん!」
監督の粋なはからいでクランクアップの様子を見学しに来ただけなのに、スタッフを前にして、さも演説を始めようと言わんばかりの立ち振る舞いだ。場の空気を読まない行動に
「いいでしょう、聞きましょう」と言う武蔵監督。この人は本当にお人好しだ。
「これを口外することは、あまりにも影響が大きいので、他言無用でお願いします」
「分かりました」
演者、撮影スタッフを前に、演説する内容を口外するなとは、明らかにおかしな話だ。
何もなければ、無理にでも話すのをやめさせたいが、機嫌を損ねて
「い、いいんですか」あたしは監督に確認する。
「おそらく、お母さんの話す内容は、重要なカミングアウトだと思う」
そうですか、と心の中で賛同しかねるも、監督が許可したものを覆すほど、あたしは身の程を
「私が、恐れていることは、詞音が女優の道を
聞いた瞬間、監督の意向をやはり阻止しなければいけなかったと
「女優の道を目指すことと、世界が滅亡すること。どういう関係があるのでしょうか?」
武蔵監督は傾聴の姿勢を崩さない。
「2022年に、横浜理科大学の研究チームがワームホールを発見したというニュースをご存知でしょうか」
みんな反応を示さない。あたしもワームホールが何かは知っているが、ちょうど20年前に発見されていたとは。あたしが生まれる前である。
お母さんは続ける。
「そのチームに、詞音の父、私の元・夫の
「その、ワームホールというのは何でしょうか?」
今度は、吉海さんが問うた。宇宙や相対性理論に興味がないと、知り得ない言葉だろう。
「簡単に言うと、タイムマシンのようなものです。しかも、宇宙に自然に存在していて、それを通過した者は、過去や未来に移動が可能です」
あまりにも飛躍した話に聞こえる。空想科学が好きなあたしならともかく、他の人は
「詳しい話は抜きにしますが、2035年に、これを使って情報を過去に送る技術を確立したのです」
「情報を過去に送る?」武蔵監督も、にわかに信じられないといった表情をしている。
すごい技術だ。未来から過去に情報が送られれば、それこそ宝くじや競馬も百発百中ではないか。
「7年前にそんなニュースあったかしら」と、吉海さんが眉を
「ありません」言下に答える。「当時、NASAとJAXAが共同で、安居院のチームが中心となって確立しましたが、何と言っても影響が大きすぎる。悪用されないよう、ごく一部の関係者にのみ共有された機密事項です」
「そんなニュースを、なぜお母さんがご存知なんですか。しかも、我々に話していいんですか?」
「だから他言無用でお願いしてるんです。離婚する前の話ですが、偶然にも夫のアドレスに、未来から送られてきたと思われるメールを受信したのです。それを、安居院の旧来の親友である篁未来の力を借りて解読し、2060年に巨大彗星が衝突する未来を知り得たのです」
お父さんと篁未来が親友!? いやいや、それよりも驚くべきことがある。遥か未来のお父さんが、人類の滅亡を、この時代のお父さんやお母さんに
お母さんは、なおも続ける。
「その人類が滅亡する未来、便宜的にC世界と呼んでますが、ここでは、彗星の爆破計画が失敗に終わり、
「ぇぇええ!!」
他のみんなは、全員閉口してしまっている。
「でも、詞音が女優の道を目指さないのは、何か意味があるのでしょうか」武蔵監督は問うた。
「ええ。C世界では、詞音は女優として大成し、世界的科学者の娘として、我々家族は、熱烈な賛辞を受けていました。
一見、夢のような話だ。そんな羨望の対象となるくらいの生活の先に待ち受けるのが、人類の滅亡と、あたしへの八つ当たりだというのか。
「だから、それを回避するためには、この夢のような境遇を回避するしかない。私と安居院は、愛し合ったままで
「えっ、嘘?」
思わず心の声が外に漏れてしまった。お母さんは、お父さんのことを一切語ろうとしなかった。写真の一枚さえ残さず。真面目なお父さんがどうやら養育費だけは送金していたらしいけど、それ以外の繋がりは皆無だ。もちろん、電話の一本すらなさそうだ。
だからこそ、酷い喧嘩別れをしたんじゃないかと思い込んでいた。存在すら消し去らんと言わんばかりに。
「詞音には悪いと思っていた。なぜなら、詞音は安居院のことが好きでした。きっといまでもそう。でも、あの人は忙しすぎた。父子家庭として娘を育てる自信がない人だった。本当は、私だって、家族で幸せに暮らし、詞音が女優として大成する世界を見てみたかった。断腸の思いで、安居院とともに全部を断ち切ったのです。これが、私が娘を女優の道に進ませるのを嫌がった理由のすべてです」
お母さんは、そう言ったあと「詞音、ごめんなさい」と、涙をつぶらな瞳に湛えながら、あたしに頭を下げた。
「では、なぜ、急に、応援する気になったのですか?」武蔵監督は問うた。
「それは、確信したからです。詞音の挙動を見て、このまま女優の道に進んでも、C世界に向かわないと」
「その心は……」
それはあたしも気になる。いまの理由なら、演技が良くて女優としての素質を認めたとか、そんな理由じゃないはずだ。
「C世界の詞音は、女優として肩を並べるものがいないほどの地位を手に入れましたが、詞音自身も天狗になっていたんでしょう。
にわかに信じられない。あたしはいじめを経験し、中学一年生と二年生のはじめは暗黒時代だ。最近でこそ、多少明るい性格になったと思っているが、基本的に控えめですべてにおいて自信を持てない。
「私を再現した名女優の演技を前に、素の詞音を見ました。それを見て確信しました。この子は、C世界とは違う、誰も知らない閘詞音、いや、門河詞音になると。だからこそ信じました」
「……ありがとう」という声は、涙で思うように声にならない。お母さんに聞こえただろうか。
「守泰、パラレルワールドの分岐点は、私の目で確認しましたよ」と、お母さんはどこかにいるお父さんに向かって呟いた。
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