Side P 24(Agui Moriyasu) PT発足

 時任光透教授をプロジェクトチームリーダー、俺を副リーダーとしてチームは稼働した。大学の波多野周、日向陽太、星簇慧那、JAXAからは俺と野口のぐち銀河ぎんが山崎やまざき煌子こうこだ。あと、メール解読のため、参与という名目で邨瀬弥隆にお願いするという。これで、邨瀬にはプロジェクトチームより正式に謝礼金を出して、暗号解読に協力をもらえることになる。

 邨瀬本人は謝礼など気にしていなかったが、実際に休載させてしてまっている。だから当然それ相応の協力金は出しておきたい。


 邨瀬の協力で文字化けメールはすべて解読ができた。

 解読された暗号の内容を整理すると、


 1 2060年に長周期彗星が地球に衝突することが、2046年に明らかになった。2051年に核兵器を積んだ爆破用長距離ミサイルを発射し、順調に行けば2059年に安全な位置で爆破と軌道修正ができる見通しだったが、計算誤りによる発射角度設定ミスにより、2052年に方向が逸れて爆破できないことが明らかになった。

 2 その後、2054年、2056年にミサイルを発射したが、クリーンエネルギーの転換と核廃絶が進み、ミサイルに充分な爆破用燃料が積めず、うまく衝突させても彗星の爆破や軌道修正には至らなかった。

 3 彗星衝突が免れなくなった地球では、退廃的になっていて、治安は急激に悪化。八つ当たりのように、最初の彗星破壊失敗の犯人として未来の俺に攻撃が集中した。

 4 同時に進行していた火星へのテラフォーミング計画に俺の娘である詞音を最初の実験台に送り込むことが決定的になった。しかし、拙速に進められたため環境の整っていない火星で詞音は絶命する。

 5 この危機的状況を救うのは未来から過去へのメール送信技術を駆使して、ミサイル発射前である2046~2048年時点に、正しい数式が記されたメールを送ることである。

 6 使えるワームホールが一種類しかなく、未来から過去へは、31年3ヶ月15日しかさかのぼれない。しかし、その時点からはパラレルワールドの条件から、死んだ人間を蘇らせることができないことが分かっている。


 読めば読むほど、おぞましく目を背けたくなる内容である。

 詞音はテラフォーミングの実験台として送り込まれ、徒死としした? 冗談じゃない。これは、地球を窮地に陥れた俺に対する怨嗟えんさではないのか。死ぬと分かっていながら、異星に放り込まれる詞音は、どのような気分だったのだろうか。


 そして、メール文の末尾には共通して、「大切な家族である妻と娘を、君の手で救って欲しい。2人の笑顔をただ取り戻すことだけを渇求する」と綴られていた。


 これを送ってきた未来『C世界』の俺が直面する、嘆き、怒り、悲しみ、苦しみは察するに余りある。いや、他人事のようだが、30年くらい先の将来に、俺が待ち受ける悪魔のシナリオである。

 こんなことは絶対に回避しなければならない。パラレルワールド云々うんぬんじゃない。愛する娘が散華さんげするシナリオは、1%でも残しておいてはならない。


 猶予は半年。たったの半年だが、集められているのは宇宙と物理の精鋭たち。

 本当はもっと人を集めたかったという気持ちもあるが、緘口令かんこうれいが敷かれた極秘プロジェクト。もちろん、JAXAの上層部には超機密事項として共有されているが、信用のおけない人間に中途半端に関与させて、情報が外部に漏れるのは危険だ。それに、船頭多くして船山に登ることになってはいけない。


 未来に情報を送る方法を考えなければならない。が、同時に重要なことを確認しなければならない。


「このプロジェクトは、今から約15年後のB世界に、ポアンカレくんが受信したメッセージを送ることだ。その時点で、承服してもらわねばならない事実がある。それは、パラレルワールドの存在だ。これについては、物理学者でも異論を唱える者がいるが、このプロジェクトは、パラレルワールドの存在を認めないことには前に進まない。つまり、何も対処しなかった場合は、A世界はC世界の道筋を辿ることになる。これが最悪のシナリオだ。しかし、晴れてB世界にメール送信が成功した場合、C世界への道筋は回避できる。そこで大きな問題となるのが、それを確認すべき手段が、いまのところ15年後にならないと分からないことだ。つまり、搬送波の視点で見れば、15年後にタイムスリップ、すなわち、未来の人間にデータが送られることになるが、我々は動いていないので、通常どおり時間が進むことになる。15年後のある時点でパソコンにメールが届けば成功でB世界に、届かなければ失敗となり、放っておけばC世界と同じ道を辿る。それを、早い時点で確認する方法を模索しなければならない。僕たちの世界が、B世界に進むか、C世界に進むか、ある微妙な分岐点があると思っている。それを見つけて、確認する方法を模索して欲しい」


 俺自身、その問題は出てくることは予見していたが、時任先生からもその問題が提起された時点で、ぐっと信憑性しんぴょうせいを増す。そして、ここにいる誰もが、かなりの無理難題だということが分かる。


「先生、純粋な疑問ですが、A世界からB世界にメールが送られなくても、私たちは長周期彗星を爆破できる正しい計算式を手に入れています。もっとも、このために核燃料の廃絶を止めることを世界に求めることができます。つまり、15年後にその計算式を基に、正しくミサイルを射出すれば、彗星の衝突は回避できるのではないでしょうか?」

 JAXAの山崎煌子が手を挙げた。切れ長の目にアンダーリムの眼鏡がいかにも知的な印象を与える。


 それは本当にもっともな指摘だ。普通ならみんなそう考えるだろう。


「だからこそ、パラレルワールドの存在を認めなくてはならないんだよ。僕の予想では、承服しかねると思うけど、もしメールをB世界に送れなかった場合、A世界は15年後に、何らかの理由で計算式を書いたデータは消滅している。それどころか、計算式を印刷してもなぜかその紙が消滅し、我々の記憶からも忘れされれることになる。もしくは、正しい計算式を以てミサイルを発射しても、想定外のトラブルで軌道を外れる。あるいは、核廃絶を見送るよう要請しても、どういうわけだか地球上からは核燃料が最小限になっている。信じがたいと思うが、無理矢理にでもC世界に引きずり込まれるシナリオが待っていると思っている……」

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