Side P 20(Agui Moriyasu) メールの真意2

「どうやるんだ?」

 遠距離の電波送信技術なんて、俺の方が数段よく研究しているはずなのに、いま初めて話を聞いたはずの邨瀬が事も無げな表情をしている。

「だって、その電波は地球上に戻ってくるんだろう? だったら、比較的短い距離を何往復もさせればよくないか?」

 俺はいままで、一往復しかさせないことで頭がいっぱいだった。数光年先に電波を送る。つまり、過去に向けて送信する場合には、ワームホールが必須なので、その技術が必要だ。しかしながら未来に送る場合は、ワームホールは不要だ。だから、短い距離であっても何往復もさせることによって、超遠距離の送信技術はなくても、未来に情報は送れる。

 豈図あにはからんや、邨瀬がこんな妙案を思い付くとは。


 何も宇宙を泳動させる必要はない。果てしなく反射させることができれば、そして波どうしが干渉しないように工夫できれば、理論上は机上の広さでも可能だ。と言いながら、干渉しないようにするのは、それ相応の工夫がいるような気がする。


 取りあえずアイディアだけ貰っておいて、解読されたメールの内容に話を戻す。


「2052年何が起きてるんだ? 誰だ、俺の大切な女性って?」

 2052年時点の俺にとって大切な人とは誰だろうか。親、子、配偶者、親戚、親友、恩師、教え子、いろいろ考えられるが、女性であって俺が惚れた女性だ。未来の俺は、俺に『きっと惚れることになる』とメールでは言っていたが、実際にその通りだ。

 問題はその女性と俺との関係性だ。ぱっと思い付くのは舞理だ。何と言っても顔が瓜二つなのだ。でもそれは確実に違う。舞理が映画のヒロインを務めるわけがない。元来そんな願望などさらさらない女性なのだ。スカウトされても全力で拒否するだろう。それに映画に出ていた女性は、もっと若いようだ。


 では誰なのか。まさかひょっとして、という考えが頭によぎる。

「普通は嫁さんだろうけど、時系列的に変だよな。嫁さんじゃなければ、娘さんじゃないのか? ほら、名前──何ちゃんだっけ?」

 俺の考えを代弁するかのように邨瀬が言う。

「詞音だ……、あっ!!」

 詞音の名前を言った途端、ある事実に気が付いた。それはその人物が将来の詞音であるという仮説を補強するものであった。

「どうした?」

「あの映画の最後にスタッフロールが流れてたんだけど」

「そりゃ、映画だから流れるだろうな」

「主演女優と思われる人、『SHION KADOKAWA』と書かれてたんだよ!」

「?」邨瀬は首を傾げている。

「ほら、詞音って漢字は、音読みすれば『シオン』になるんだよ」

「まじで? そんな偶然あるかな」

「偶然としては出来すぎてるよな……。どう考えても」

 あと、苗字とおぼしき『KADOKAWA』が説明つかない。もし『AGUI』(安居院あぐい)だったら、決まりだっただろうが。

「2052年、よく分からんけど、その詞音ちゃんの命が危険に晒されてるってのか? 何歳だ?」

 詞音は2026年生まれ。ということは──。

「26歳……!」

  単純に計算すればすぐに分かることだが、改めて数字にすると胸をえぐられるような気分になった。「あと8年少々の間に」とあったから、34歳かそれよりも早く我が子が夭折ようせつするなんて。いまの俺よりも若いではないか。

 しかも、俺はそのことを知ってしまった以上、刻々と迫り来る早すぎる死をひた隠しにしながら娘に接しないといけないのだ。もちろん命に軽重はないが、それでも、例えば90歳で天寿を全うするのと、20~30歳代で落命するのとでは、心証が全然違う。

 俺は歯噛みした。未来の詞音は、親友が原作の海外を舞台にした映画で主演を張り、しかも唯一無二と言っても過言ではない演技力と表現力で観客を魅了している。たぶん輝きは絶頂に達しているに違いない。そんな詞音が、若くして死ななければならないのか。病気にる死なのか、事故死なのか、社会的な罰なのか分からない。ただ1つ言えるのは、2052年の俺はその事実を確かなものとして認識しているということだ。いまにも死にそうな詞音を見ているのか、2052年のさらに先の世界から情報をキャッチしたのかは分からない。でもそんなことはどうだって良い。

「お前さんは、何としても詞音ちゃんの将来を変えるために、言われたとおりのことをやらないといけないな。俺に協力できることなら何でもやる」

「ありがとう! 俺は絶対詞音を死なせたくない」



 とは言いながら、俺は後悔していた。ひょっとしてもう手遅れではないかということに。

 最初のメールから7年半も経過しているのだ。もし同じスピードで時間が進んでいるのならメールの送り主は2059年。2059年はどうなっているのか。もう詞音は死んでしまったのか。

 もう一つ気になっていること。2052年の俺は迫り来る娘の死を回避したいと言っていたが、よくよく見ると『その彼女の命も、こちらの切迫した状況も確実に回避されます』と書いてあったことから、詞音の命だけでなく、他にも危険があるということだ。『こちら』という表現が、俺自身なのか詞音以外の俺の身の回りの誰かなのか分からない。


 気になることは、最近未来の俺からメールが来ていないのだ。単純に送受信がうまくいっていないのか、それとも俺自身が絶命しているのか。

 すべては憶測に過ぎない。考えても仕方がないことかもしれない。


 しかし、1つ希望があるとすれば、別の未来(2046~2048年)の俺に、メールを転送せよ、と指示があったのだ。おそらく、2052年の俺は、いつ未来にメールを送信する技術が確立されたか知っているはずだ。仮に2035年だとしたら、あと6年後。ということは、この場合は2065年までは待てるということなのか。


 それとも、2059年の俺も詞音も泉下の客になっているが、過去を操作することによって蘇生を期待できるというのか。

 であれば、わざわざ2046~2048年の俺に情報を転送しなくとも、いまの俺(2029年)の俺が、現実を操作すれば良いのだ。


 タイムパラドックスについては、議論に決着がついていない。でも確実にパラレルワールドは存在している。それも無限にあるのかもしれない。30年後先にも1年後にも1秒後にも、パラレルワールドがあるのかもしれない。

 しかし、過去を操作して未来を改変することに期限があるとしたら……。仮説だが、可逆的に未来を操作できるのは、ひょっとしたら30年より短いのかもしれない。

 換言すれば、例えば人が死んだとしても、その後何年かは『生き返る可能性をはらんだ死』なのかもしれない。ところが、ある地点を境に生き返る可能性が消滅して、を迎える。30年経過すると、となってしまい、過去を改変しても未来を変えることはできない。


 あくまで仮説だが、とにかく2046~2048年の俺に情報を送ることは至上命題のようだ。


 そして数日後、再び邨瀬から俺にメールが来る。

『添付のWord文書の解読ができた。複雑な数式だった。俺は専門家ではないから自信はないけど、未来はとんでもないことが起こるのかもしれない』

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