Side P 13(Agui Moriyasu) 奇異なる一致

『「タカムラミライ」っていうのにしようと思ってるんだよ』

 電話越しに邨瀬から告げられた、新・ペンネームだった。

「えっ!? な、何だってぇ!!?」

『おいおいおい、どうしたんだよ?』

 そんなことあるのか? 信じられず思わず大きな声で聞き返して、邨瀬の方が面喰らっている様子だ。しかし、邨瀬にその理由をいまは上手く説明できない。一旦つとめて平静を装う。

「あ、ごめん。な、何で、そういうペンネームにしたんだ」

『「隆」と「邨」で「タカムラ」、「弥」と「瀬」をそれぞれ音読みにして「ミライ」だ。漢字で書くと、たけかんむりすめらぎで「たかむら」、ミライは“Future”の「未来」だ』

 ペンネームが意外に自分の本名を由来にしていて納得したが、この名前のギミックに気付かなかったおのれを恨んだ。

 そう、くだんの謎の映画の原作者が『MIRAI TAKAMURA』だった。ということは、あの映画の原作がいま電話で話しているこの男だというのか。しかし、映画の内容は既に邨瀬がリリースしている内容ではないわけだし、ペンネームの変更だって構想段階のはずだ。

 つまり、あの映画はやはり未来の邨瀬、筆名ペンネーム『篁未来』の作品ということになる。ということは、将来この男は、著作が映画化されるほど売れっ子小説家になるというのか。そして何とも、篁の作品が、本当に未来から送られるという、奇妙な縁を感じる。

『SFとか未来を扱った作品も書きたいと思っててさ、「未来」というのは悪くないだろ?』邨瀬は得意気に言う。

 まさしく言い得て妙というのはこういうことを指すのか。各々が得心したところで、そのポイントが俺と邨瀬で微妙に違っているところに滑稽こっけいさを感じた。

「売れるんじゃないか? その名前」

『お前さんにしては、あまり根拠のなさそうな推測だな。珍しいな』

 根拠は大いにあるが、その理由は言えるわけがなかろう。ついでに、例の映画のストーリーを邨瀬に教えて、これは映画化されるくらいヒットするぜ、なんて口が裂けても言えなかった。いわゆる『作者不明のパラドックス』に陥る。それが、未来にどう影響を及ぼすのか分かったもんじゃないし、責任も取れない。

「ああ、単純に素敵なペンネームだと思ったんだ」と適当に相槌を打つ。

『サンキュー! お前さんと電話すると何かいろいろヒントをもらったみたいですっきりするよ』

「どういたしまして」

『じゃあな、またな』

 そう言って邨瀬は電話を切った。


 俺は電話を切ったあともしばらく錯乱していた。いままでは、あの謎のメールをいくつかあるうちの一つの可能性として未来から送られてきた、くらいにしか思っていなかった。つまり、未来の俺から送信されたなんて、さすがにそんなことないだろう、と。しかし、まさかのペンネームの一致で、その途方途轍とほうとてつもない可能性が、一気に信憑性を増した。こんなこと、本当にあるのか。あっていいのか。俺自身、この引っ掛かりの着地点が見出せずにいた。


 次の日になっても、この錯乱は完全には収まらなかった。

 このもやもやを引きずりながら、大学の研究室に行くと、時任先生がどこか嬉しそうに、俺に言ってきた。

「あのな、ワームホールを発見したっていう研究さ、ようやく投稿の目処めどが立ったってさ。でな、僕の名前も共著者コ・オーサーになるんだけど、ポアンカレくんも一緒に入れてもらおうかと思ってさ?」

「俺ですか? 俺、何にもやってないっすよ」

「いや、君は自分のメールに未来からの情報を受け取っていて、暗にその存在を示した。そして、将来的にその方法を確立させようとしている。だから入れてもらうように頼んだんだよ」

 完全に未来からのメッセージだと先生は思い込んでいる。勝手なことを、と思ったが、共著者に名前が載ることは研究者を目指す人間にとって悪いことではない。しかも、それが『Nature』クラスの著名な論文に掲載が値するのであれば、なおさら名誉なことだ。

「ありがとうございます」

 取りあえずこの厚意に感謝しておくことにするが、気持ちの整理はついていなかった。順調に行き過ぎている。そのことに畏怖いふを覚えていた。本当に未来から情報を受け取れるのであれば、それはすごいことだ。しかし、やれ倫理的にどうだ、やれタイムパラドックスはどうだ、やれ知らないことの幸せがあるのではないか、との様々な疑問が降ってかかる。

 空想上の遊びとして議論するのはいくらでも自由で楽しいが、実用化が現実のものになろうとすると急激に議論は重たくなる。俺は絶対、未来を知ることのデメリットがあると異議を唱える人が続出すると思っている。そして、その矛先は、当然俺たちに……。

 しかし、発想を変えてみると、一つの可能性に辿り着いた。

 なぜ未来の俺は、このような倫理的な反発を押しのけてまで、俺にメールを寄越してきたのか。それも謎の動画付きで。

 それには、それ相応の理由があるはずだ。いくら研究のためとは言っても、こんな重たいファイルを小分けにしてまで送ってくるだろうか。動画ファイルを分割するという手間をかけてまで。何らかの意図があるのではないか。送らざるを得ない何か大きな理由が。


 しかし、メールの字の部分は思いっきり文字化けしていたし、真意は謎のままだ。そして何も閃かない。研究のアイディアとは違って、こういう推理はとことん閃かないのだ。自分の愚鈍さを呪う。


 そして、こういう悩みは時任先生には打ち明けられないことを経験的に知っている。先生は、好奇心と探究心の塊。良い意味でも悪い意味でも、少年のような人物だと思う。研究にブレーキをかけるような相談には乗り気でないのだ。結局、大丈夫だ、心配しなくて、と言いくるめられ、進む方にベクトルは向き直す。

 新たなもやもやを抱えながら、俺は今日の研究をスタートさせた。


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