Side P 09(Agui Moriyasu) ナイスアイディア
「どうだ? 邨瀬? 作家の活動は?」
久しぶりに、邨瀬に電話をした。理科大学を卒業していきなり作家として社会に出る人間は、極めて珍しかろう。研究ばっかりやっている人間よりも、邨瀬のようなまったく違う分野で活躍しようとする人間の話を聞く方が、気が紛れて楽しい。
『うーん、まだ軌道に乗ってるとは言い難いね。出版会社とも編集者とも、まだ打ち解けていないような感じだね』
「そうか。そうは簡単に上手くいかないよな」
『物語としてはそれなりに評価をもらってるんだけど、タイトルがダメ出しされてるんだ。インパクトに弱いやら二番煎じっぽいとかって』
確かに、以前読ませてもらったときもタイトル以外は良かった。気の利いたタイトル、奇を
「出版業界って俺よく知らんのだけど、そーゆーの、編集者が一緒になって考えてくれたりするんじゃないの?」
『それがな、うちの編集者、他の作家と掛け持ちしてるらしくて、もう一人の方に注力してるんだよ。俺の小説もちゃんと見てくれてるのかよく分からん。ダメ出しはするけど
「前途多難だな。専属の編集者をお願いすることはできないのか? それか別の人に変えてもらうとか」
『俺みたいな1回新人賞取ったくらいの駆け出しの小説家じゃ、あまり強く言えないんだ。そこで、電話もらってちょうど良かった。小説読んでタイトル一緒に考えてくれない?』
「え?」唐突に頼み事をされて
『大丈夫。それで決まるわけじゃないから。何個か案を出してくれるだけでいいよ』
研究で忙しいのであまり気乗りしなかったが、親友の頼みだし断るのも気の毒か。
「……ちなみに、どういうタイトルを考えてるんだ?」
『「容疑者
「……」センスがない以前にパクりじゃないかとつっこみそうになった。これではゴーサインが出るわけがない。
『ま、そんなわけで助けてくれよ』
「分かった。どんな内容か分からないけど、がんばってみるよ」
『サンキュー! じゃ、原稿持ってくからヨロシク』
邨瀬はそう言って電話を切ろうとするが、肝心の俺の用件が済んでいない。
「待った! 待った!」
『何だい?』
「あのさ──」
俺は宇宙空間を介して電波を送受信する技術について聞いた。
『できるさ。現にやってるじゃないか。ボイジャーとか火星探査機とかで』
確かにそうだ。そこから邨瀬は
「なるほど、正直難しそうだな」
『お前さんが言うように、1年も搬送波を宇宙で泳動させ続けるのは難しいだろうな。いくら宇宙という遮るものが少ない空間でも』
「なるほどな」
『しかも、よく分からんだけど、1光年も先の誰にデータを送るんだ?』
これに関しては答えに窮した。電波を使って時空を超えたデータの送受信。邨瀬にこのアイディアを渡してはいけないような気がした。小説の題材にされてはちょっと困る。時任先生にめちゃくちゃ怒られるかもしれないし。
「まぁ、実現可能性だけを聞いてるだけだから気にしないでくれ」
適当にお茶を濁す。
『ふーん。もし情報通信なら、いま大学に残ってる奴とか、総務省に行った知り合いがいる。良ければ紹介するぞ』
「ありがとう。また必要なときに紹介を頼むかも……」
『分かった。みんな仲の良い奴ばかりだから、気軽に言ってくれ』
そう言って電話が切れた。
まだいまは着想段階だから、ネタを明かせない。始動するにしても時任先生に相談した上でやることにする。しかし、横浜理科大学だけでなく総務省にも知り合いがいるなら心強い。電波の取り扱いについては、総務省が業務を所掌しているはずだ。それが聞けただけでも収穫があったと思うことにした。
†
翌日俺は時任先生に相談した。
実は帰ってからいろいろ考えていた。強力な電波をどこかの天体に向けて飛ばす。それを跳ね返らせて地球上で受信するのだ。
理論上のアイディアなので、実現可能性は分からない。きっと天体は表面が硬くて
そして、地球上には巨大なパラボラアンテナが複数必要だろう。地球がどの方向を向いていても受信できるように。それこそボイジャーの信号は複数の巨大パラボラアンテナでキャッチして、微弱な電波を増幅しているという話なので、できるのではないかとも思う。
「ナイスアイディアだ!」時任先生はまず褒めた。しかし、次の瞬間「実用性は皆無だけどな」と、褒めてから突き落としてくれた。やはりこの切れ者の先生は
「そうですよね……」
「でも俺は、その技術を何とかこうにか極めれば、逆に過去にデータを送る技術も確立されるんじゃないかと思ってる。やってみる価値はある。ワームホールも見つかったことだしな」
「ありがとうございます」
俺は礼を言った。ところが、また次の瞬間。
「でも、仮にいまこの瞬間、1光年先の天体に当てて跳ね返った電波を受信できても、それを確認するのは未来の君。つまり最低でも何十年先だ。当然大学院在学期間を超えてる。しかもその電波が、2年前に送ったもので宇宙空間を2年間旅行したものだと証明するのは至難の業だ。さらに言うと、過去に送る技術はその成果を証明できない。いまの技術では人間が過去に行くことはできない。あとそもそも電波がワームホールを通過できるかというのが気になる」
「そ、そうですよね」
いきなりの提案にも関わらず、先生はすぐに考えうる問題点を列挙した。
「でも、僕はポアンカレくんのその提案に乗ってみたいと思う。過去にデータを送信できることが証明できれば、そりゃぁ
話が早い。できる人間はフットワークが軽い。
「ありがとうございます」
俺は再度礼を言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます