Side P 08(Agui Moriyasu) 実現可能性と実用性
大学院に入って1ヶ月半くらい経ち、ようやく大学院での研究漬けの生活にも慣れつつあった。研究漬けとは言ったものの、大学院生である以上月謝が発生する。多少の食い
水曜日の夜は、高校生の女子の家庭教師、日曜日の午前は小さな予備校で物理の講義をしている。
家庭教師の教え子は、俺が大学一年生、生徒が中学二年生からのときから教え続けている子だ。早くから理系志望、いわゆる『リケジョ』を目指している。めでたく高校を希望する横浜市内の進学校に合格に導いたとして、そのまま大学入試対策もお願いされている。早いもので生徒は高校三年生。高校三年生ともなると、国語や社会は教えられないですよ、と断っているのだが、それでも数学、理科(物理)を教えて欲しいと言われている。
嬉しいことに、物理や天文は高校でも好成績を収めているようで、横浜理科大学を狙っていると言う。何と言っても俺の研究テーマに相当な興味があるようで、宇宙の起源とかブラックホールとか
「センセー、大学院ではどうなの?」
相手が中学二年生からの付き合いだと、5歳年上の俺に対しても思いっきりタメ口をきかれる。いまさら何とも思わないけど。
「毎日11時くらいに帰ってるよ」
「朝帰り?」この娘は賢いはずなのに、たまに
「なわけねーだろ。夜11時だよ」
「でも今日は早いじゃん」
「
「悪いね〜、センセー! 受験勉強もだけどたった一度きりの高校生の青春も
「はいはい」
彼女は土日も予備校のはずだが、予備校帰りは学校のお友達とお茶をしたいらしい。そのわがままに付き合うため、水曜日の夜7〜9時に家庭教師の仕事を充てている。ちょうど息抜きにはなっているので良いのだが。
「センセーは、大学院で何やってんの?」
「決まってんだろ? 研究だよ」
「そんなの分かってるよぉ。何の研究やってんの?」
今日はやたらと食いついてくるな、と思った。
「あー、タイムマシンの研究だよ」敢えて子ども騙しかと思われるような回答をしてみる。
「は? ドラえもんじゃん。もーちょっとちゃんと答えてよ」
「あー。相対性理論を駆使すると理論上は可能なんだ。光と同じスピードで移動するものは時間がストップするんだ。言い換えると光のスピードで宇宙を旅行すれば未来に行けるんだ」
「なにそれ? じゃ、あたしが日本一美人なリケジョになれてるかセンセー見てきてよ!」
「はいはい。そろそろ時間がもったいないから勉強するぞ!」
「はーい」
自分のこと日本一美人とか言ってしまっている、ちょっと痛い女子高校生の彼女。確かに良い意味で受験生っぽくなく、オシャレにも関心の高い美人だとは思うが、幸か不幸か俺はタイプではない。謎の映画に登場する『SHION KADOKAWA』なる女性の方がずっとタイプだ。
この教え子である彼女、
†
家庭教師のバイト、そのあと研究室に戻りデータ解析をしていたら、すっかり遅くなってしまった。すでに夜12時近くなってしまった。疲れ切った身体を癒すため、久しぶりに浴槽にお湯を張る。浴槽にお湯を張って浸かっていると、たまに妙案が閃いたり考えがまとまったりすることがある。
時任先生が言っていたように、未来から過去にメールを送信することは可能なのだろうか。そんなことをぼんやり考えてみる。その前に、未来の俺が何かしらの意図を持って過去の俺に動画を送る。それであれば送り主が俺のアドレスを使っていることは納得がいく。
問題は実現可能性だ。
まず、未来へメールを送信することは可能なのだろうか。メールは、電子情報を搬送波に乗せて送っている。搬送波は電波だ。電波は光と同じ速さで進む。では、その電波を何かしらの方法で、宇宙空間で一年間泳がせてから地球に帰着させたら、理論上は未来に情報を届けることができる。とは言っても、地球上にいる俺は動いていないので、メールが10年なり20年なり遅れて俺に届くということになる。
実用性はあまりないか。やっぱり情報は未来から過去に送る方が、はるかに実用性が高い。
人間そのものが時空を移動できれば、過去に行って知られざる歴史を調べるのもよし、タイムパラドックスを検証するのもよし、はたまた未来に行って未来技術を見てくるのもよし、将来の結婚相手を見てくるのもよし、慧那が志望校に合格できるのか確認するのもよし。様々な意義がある。しかし、人間が時空を移動するのは非常に
電波なら、何かしらの工夫を駆使すれば、未来や過去に送ることは可能かもしれない。しかし、未来に送ることは
俺は少しげんなりした。
しかし、げんなりしたとほぼ同時に、本当に『SHION KADOKAWA』が未来人なら、未来にファンレターを送ることも可能ではないか、と
「邨瀬に聞いてみるか……」気付くと俺は独り言を言っていた。
邨瀬は電気電子情報工学科だった。情報通信については俺より邨瀬の方が専門だからよく知っているはず。
今日はもうこんな時間なので、明日電話することを記したメモ用紙をスマホの下に置いて、俺は眠りに就いた。
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