Side P 06(Agui Moriyasu) 第3の可能性
春。俺は大学を卒業して大学院に進学した。
企業に就職して、社会人一年目として活躍する。システムエンジニア、整備士、ゲームクリエーターになろうと社会に出る人を少し羨むこともある。大学院なのでやはり学生だ。バイトで収入はあっても、学費を納めないといけない立場だ。加えて下宿は続けるものだから、少なからず親には迷惑をかけることになる。少し申し訳なく思う。
卒業後の進路で、アウトローと言えば失礼だが、マイノリティーなのは何と言っても邨瀬である。プロの作家になるのだから。
正直、生計を安定させるためには並々ならぬ努力が必要だろう。作家としての才能はあると思うが、才能だけでは食べていけない。読者のニーズを酌み取る力も必要だし、編集者との巡り合いなどの運の要素だって大きい。俺は、ファンの1人として、ブログで宣伝活動をしたいと思っているが、映画評論と書評では勝手が異なるだろう。役に立てるかは分からない。
邨瀬は、横浜の北隣、
一方の俺は、大学院で新たに2年間の新生活が待っている。新生活と言っても居住地も行き先も変わらないのだが、いままで講義主体だった学生生活ではなく研究主体となる。
自らアイディアを出してやりたいことができることは良いが、研究で成果を出せないと修士論文を書けない。無論、一朝一夕でできるものではないので、心配がないとは言えば嘘になる。
俺は
例えば観測天文学の分野では、新しい惑星やブラックホールを発見したりしている。
俺が専攻する宇宙物理学の
相対性理論と言えば、かの有名なアルベルト・アインシュタイン博士の発表した、当時の物理学の根底を覆すほどの画期的な理論である。いまや科学者たちの常識になりつつあるが、それでもまだ解明されていないことも多く発展性のある研究分野だと思っている。
時任先生とは学生時代から個人的にお世話になっていたこともあり、加えて俺も宇宙物理学を探究したいと思っていたので、願ったり叶ったりであった。
「いやー、ポアンカレくん! よく来てくれたな!」
「ちょっと、みんなの前で『ポアンカレくん』はかなり恥ずかしいんでやめてもらえませんかね?」
「じゃ、アインシュタインくんか? 『安居院守泰』は、読み方によっちゃアインシュタインだからな?」
「いや、普通に
時任先生は、弱冠30歳代で教授となったエリート科学者だ。しかし、頭の良い人あるあるかもしれないが、変わり者である。気さくというか
そう言えば、例の謎の映画について、時任先生はどう思うだろうか。そんなことをふと感じた。
普通の人なら一笑に付すか、疲れているんじゃないかと心配されるかどちらかだろうが、時任先生は常人が思い付かないようなアイディアが閃くことがある。それが若くして教授にのし上がる原動力になっている。だから相談の価値はある。
とは言っても、変に首を突っ込まれてもまた面倒なことになりそうなので、軽く相談しよう、と思った。あまり深く話しすぎると突拍子もないことを言い出しかねない。
「あのー、来て早々なんですけど、設定が未来の無名の映画が届いたらどう思いますか?」
「は?」
質問してから、俺こそ突拍子もない聞き方をしていることに気付いた。これじゃ誰もが頭がクエスチョンマークになるだろう。やっぱりもう少し具体的に話さないといけなさそうだ。
「実はですね、僕のところにメールが突然届きまして……」
あの日以降の経緯を話してみた。時任先生は思った以上に真剣に聞いている。
「ポアンカレくんが、冗談を言ってるようにも思えんな。見せてもらうことはできるだろうか」
『ポアンカレくん』という呼び方はやめてくれって言ったでしょ、と言いたかったがやめておいた。ノートパソコンを開いて件の動画を見せることにした。
「なるほどな、それで君は、誰かの自作映画ではないかとか、宇宙人のいたずらメールじゃないかとか、そう思ってるんだね?」
「宇宙人のいたずらとは言ってないっすよ」つとめて冷静に返した。表情がまじめなので、このボケが冗談なのか本気なのか分からない。
「いや宇宙人は、俺は存在するって思ってるぞ。だって、宇宙の半径は138億光年だって言われてる。こんなバカでかい宇宙でさ、文化を持った生命体が俺らだけなのも考えられないし、人間的な外見を持った生命体が俺らだけって言うのも考えられないし、天王星のような惑星が他にないのも考えられないし、サグラダ・ファミリアに似た建築物がないのも考えられないし」
いや、それらがすべて重なっている惑星が地球以外に存在するのは、それこそ天文学的な確率ではないかと思ったが、ここは黙っておいた。時任先生は続ける。
「でも、僕は第三の可能性について提唱したい」
「第三の可能性?」
「突拍子のない子どものような考えかもしれないけど、僕の希望的観測も含めて言うと、これは本当に『未来』で撮影されたものだ。未来の作品ならば、作品名も原作者名も君の推しの女優も、Webに出て来ないのは納得いくだろう?」
「まさか?」
と、本当に一笑に付しそうになったが、冷静に考えてみる。ここで思い出されるのは、無名のキャストの中で1人だけ知っている俳優の名前があったこと。そして、俺が記憶しているよりも老けていたこと。
もちろん、いまの技術では時間を超えて人間が移動したり物が移動することは不可能である。でも将来的にその技術が確立して、いま俺たちがいる2021年に過去にデータを送信することが可能になっているとしたら。
「歴史的な発見かもしれんぞ」
時任先生は目を輝かせた。
面倒なことになりそうだ、というのと、これから凄いことが起こるんじゃないかという期待とが入り交じった。
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