Side P 05(Agui Moriyasu) 恋

 俺は映画の趣味仲間にもこのことを話した。仲間と言っても一緒に映画を観に行くことはなく、映画の感想を語り合ったり、新作や知る人ぞ知る名作を勧め合ったりする関係である。

 もともと横浜周辺の映画フリークのサークルとしてSNS上に存在していた。俺は一人暮らしの寂しさを紛らわすくらいのつもりで参加していたが、そのうちの何人かとは交流を深めた。身分も出身地も年齢もバラバラだが、個人的な付き合いに発展した。

 かつては居酒屋や下宿先アパートで飲み明かしたりしたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による各種措置のため、最近は飲みに行くこともめっきりなくなってしまった。それでもWeb会議アプリケーションを用いてオンラインで飲んだり、グループチャットなどで定期的に連絡は取り合ったりしている。


 最初、邨瀬に聞いてみようかと思ったが、邨瀬はそこまで映画にそう詳しくない。だから、趣味仲間の彼らを当たったのだ。俺の何倍も映画を観ていて、かなりマイナーな映画にも精通し、副業で映画ライターをしているくらいの強者もいるので、絶対何かしらの情報はあるのではないか。

 しかし、期待は見事に裏切られた。『SHION KADOKAWA』も『MIRAI TAKAMURA』も『SHION MUSASHI』も『YAYOI YOSHIGAI』もメイクアップアーティストの『UEMURA』も『CHIHIRO』も聞いたことがない、と。

 『KADOKAWA』と聞いて案の定、大手出版会社を想像されたし、『TAKAMURA』の方は、参議篁さんぎたかむら高村光雲たかむらこううん光太郎こうたろう、ルークたかむら参謀なら分かると言われた。『MUSASHI』と聞いて格闘家を、『CHIHIRO』と聞いてジブリ映画を想像された。


 映画の存在についてはもっと懐疑的で、知っている人がいなかったのはもちろんのこと、オフィシャルになっていない誰かの自作映画ではないかとか、何かの怪談話ではないかという憶測もされた。しかしながら、自作映画にしては精度が高いし、製作費も高そうだ。出演俳優の演技力も高いし、精錬された身形みなりも素人とは思えない。個人的な趣味で作れるレベルのものではないと思われる。

 では、メール転送すれば良いのでは、という話になるかもしれないが、いち映画ファンとして著作物を無断で転送するのは営利目的でなくてもはばかられた。Web会議アプリで観てもらうのも同様である。と言いながら、俺の名前で映画ファイルが送られているので、そんなこと言えない立場なのかもしれないが。


 本音を言うと家に来て実物を観てもらいたいのは山々だが、いわゆる『コロナ禍』で大学も卒業に向けて忙しい時期に、もしものことがあったら大変だ。友人から融通が利かない生真面目さと揶揄やゆされる倫理観が邪魔をする。

 結局、真相解明に関する糸口を何も掴めず謎だけが残された。映画の謎、キャストの謎、そしてそもそもこのファイルを送ってきた意図と送り主の謎。すべてが謎に包まれていた。

 一方で、その謎を快く思っている俺もいた。あの邦人とおぼしき美人女優の圧倒的な演技力は、いまのところ俺だけが知る秘密である。そんな特権意識を俺の中だけに秘めて、家に帰宅してその映画を繰り返し鑑賞しては『SHION KADOKAWA』なる謎の女優を拝謁はいえつするのが、最近の楽しみになっていた。


 簡単に言うと、俺はその女優に心を奪われていた。



 あれから俺は、あの映画は非常に精緻なCG技術を駆使し、かつ無名の俳優を日本人、外国人問わず集めて制作した自作映画ではないかと推測し、勝手に結論づけた。誰がどういう意図で作ったかはもちろん分からない。どこかの映画サークルとCGデザイナー養成学校がコラボレーションし、本物さながらの映画を制作してみたので、評判を聞きたいと思ったのかもしれない。

 実は、趣味がこうじてこぢんまりとしたブログにではあるが、映画評論を書いている。鑑賞した全作品ではないが、原稿用紙2、3枚程度の長さでネタバレにならない程度に書いている。一部の人からは、『イイネ!』マークがついたり、記事の書き込みなんかもあったりする。

 つまり、この映画を作った関係者の誰かにうちの大学の職員か学生がいて、俺が映画好きでブログなんか書いているのを聞きつけて、映画ファイルを送って来た。しかし、プライベートのアドレスが分からない以上、大学のドメインでメールを送るしかなく、また送り主を特定されるのは何か不都合があったため、俺のメールアドレスを何かしらの方法で送信元アドレスに指定して送って来た。そして、俺がどんな評論をブログに書くのか楽しみにしている。

 そんなところだろうか。


 しかしながら、映画もキャストも原作者も検索してヒットしない幻の映画だ。ブログは、読者に同じ映画を観ることを勧める意味合いも兼ねて書いている。つまり、いくらおすすめでも動画配信サービスやビデオレンタルで閲覧できないものについては、ブログには書けない。

 だから、本当に映画評論を聞きたいのであれば、こそこそとせず正々堂々と送ってきたら良かったのだ。俺の評論は決して甘口ではないと思っているが、この映画は映像、キャスティング、演技力、ストーリーすべてクオリティーが高かった。ところどころ映像と音声が乱れてしまっているのがもったいないが、そこを差し引いても満足する映画であった。

 オファーがあればちゃんと評論する気である。充分評論に値する映画だと思うからだ。困ったことに、現状それを書いたとしても送る相手が分からない。返信するにしても返信先は自分だからだ。

 ひょっとして、文字化けした部分に連絡先が記載されているかもしれないが、どうすることもできない。


 1ヶ月ほどすると、またもや俺のパソコンに謎のメールが届いた。差出人は俺。誰かが俺のメールアドレスを使っているのか、相変わらず詳細は分からないが、ひょっとしてまた新たな映画でも届いているかとワクワクした。でも、なりすましメールのような真似は気味が悪いし、正直やめてくれと思った。

 いや待て。ひょっとして、前回素敵な映画を送って俺を油断させて、次のメールでウイルスソフトを送ってきている可能性もある。そうであれば巧妙で手の込んだ作戦だ。しかし、大学のイントラネットは、内部環境と外部環境を繋ぐファイル交換処理を施さねば外部に流出し得ない。当然IDとパスワードが必要で、数分放置すればファイル交換フォームも閉じてしまう。パスワードは1ヶ月ごとに変える必要があるし、以前使ったパスワードは二度と使えない。外部環境に置かれたファイルは一定期間過ぎると勝手に消える、という徹底ぶりなので、基本は余程のことがなければ内部環境に置かれた研究データ等が外に流出することはないと思う。その分不便に感じることはあるが、外部からの攻撃には強い、相当セキュアな環境なのだ。

 だから、悪意のあるなりすましメールの可能性は低いと結論付け、俺はメールを開く。ところが俺の予想は裏切られた。文字はタイトルも本文も見事文字化けしているが、添付ファイルがなかったのだ。


 文字化けしたテキストデータだけのメールだったのだ。

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