「主役になる方法」

「おい、お前。……和真、だったな」


 和真の前でしゃがみこんだカルケルは、そう、ぶっきらぼうに話しかけてくる。

 和真の耳にはその声がしっかりと聞こえていたが、しかし、和真は何も答えようとはしなかった。


 今はただ、自分の殻(から)の中に閉じこもっていたかったのだ。


「和真。お前は、このままでいいのか? 俺様たちの中で、一番、ヤァスに好き勝手にされていたのは、お前だろう? 」


 そう和真に語りかけるカルケルの背後では、みんなが協力して、ヤァスに戦いを挑む準備を行っていた。


 影雄とオルソが、現有戦力をできるだけ有効に活用するため、楓から情報提供を受けながら作戦を練り、アピスとセシールが連絡役となってプリズントルーパーたちに指示を伝えて回っている。

 シュタルクと長野は、余剰(よじょう)の装甲服を分けてもらい、それを身につけながら装備を整え、ヤァスとの対決にのぞむ準備を行っている。


 千代とピエトロは、自分たちの得意分野でできるだけの協力を行っていた。

 腹が減っては戦ができぬ、と言うことわざがあるが、二人は監獄棟の食堂の厨房(

ちゅうぼう)へと向かい、そこで、最後になるかもしれない攻撃に参加する人々のために、できるだけの食事を作って配給している。


 みな、活気があった。

 だが、和真には、何もなかった。


「もう、俺のことなんて、放っておいてくれよ」


 一行に立ち去る気配のないカルケルに、和真はやっとの思いでそれだけを言った。

 今はただ、何も考えたくなかったのだ。


 そんな和真を、カルケルは鼻で笑った。


「惨めなもんだな。たかが、お前が主役になれなかったていうだけじゃねェか。そんな程度のことで、落ち込んでんじゃねェぞ」

(何を、偉そうにっ! )


 カルケルの言葉に和真は内心でかなりムカついたが、何も言い返さなかった。

 黙って無視していれば、そのうち和真のことなど飽きて、どこかに行ってくれるだろうと思ったからだった。


 だが、カルケルは和真の前から動かなかった。


「おい、和真。よく見ろ」


 カルケルはそう言うと、突然、和真の顔を少し乱暴につかみ、無理やりカルケルの方へ視線を向けさせる。

 視線を背けることさえ億劫(おっくう)であった和真は、しかたなくカルケルの顔を見返した。


 そんな和真の目の前で、カルケルは、自身のサングラスを取り、帽子を取って見せる。


「和真。お前の目の前に、何が見える」


 カルケルの質問に、和真は戸惑って、数回まばたきをくり返した。


 カルケルと言えば、このチータープリズンの獄長で、変態で、圧倒的な存在感を放つ存在だった。


 だが、今、和真の目の前にいるのは、一人の、冴(さ)えない中年のおっさんだった。

 どこにでもいそうな顔、印象に乏しい特徴のない風貌、年齢を感じさせる肌のしわ。


 とても、大勢の中で、忘れることのできない異彩を放つ人物だとは思えなかった。


「いいか。和真。主人公ってのは、[ならせてもらう]もんじゃねェ。自分で[なる]ものなんだよ」


 カルケルが和真に自身の素顔をさらしていたのは、ほんの一瞬のことだった。

 カルケルはすぐに帽子とサングラスを身に着け、普通の[おっさん]から、[カルケル獄長]へと戻っていた。


「和真。俺様がお前にこうやって話してんのはな……。お前が、俺様に似ているからだ」


 カルケルの異彩からは思いもしなかった素顔を目にした驚きでほんの少し、自分自身で作った殻(から)から現実へと戻って来た和真に、カルケルは言葉を続ける。


「俺様は、お前がどんな生き方をしてきたのかは知らねェ。だが、想像はつく。……なんでも適当に要領よくやって、なぁなぁでごまかしながらできるだけ手を抜いて暮らしていながら、自分はただ[本気を出していないだけ]なんて言い訳をして、[自分は特別な存在になれるんだ]と、勝手に夢を見ていたクソガキ。……それが、お前だ」


 その言葉に、和真の心はズキリと痛んだ。

 カルケルの言うとおりだと、和真はそう思ったからだった。


「俺も、お前みたいなクソガキだった。だがよ、何もしなけりゃ、何も変わっちゃくれないんだぜ? 俺はそれに気づいた。……だから今、他の誰でもねェ。俺は、[カルケル]としてここにいる。……俺様だけの物語の、主人公としてな」


 主人公。

 その言葉に、和真はいつでも、たまらなくなるような羨望(せんぼう)を覚える。


 自分は、主人公。

 和真は、日本での退屈な日々を過ごしながら、心のどこかで、無条件にそうなのだと思って暮らして来た。


 だが、和真は主人公ではなかった。

 すべて、ヤァスに仕組まれた通りに踊らされていただけだった。


 それでも、和真はまだ、自分自身が主役になれることを夢見ている。

 諦(あきら)めきれずにいる。


「立て。和真」


 そんな和真に、カルケルは鼓舞するように言う。


「立って、ヤァスのヤロウに一発、拳(こぶし)をくれてやれ。奴がインチキチーターだろうと、何だろうと、関係ねェ。お前がただの使い捨ての道具じゃねェって、泣き寝入りするだけの、奴にとって都合のいい[オモチャ]じゃねェって思い知らせてやるんだ。……和真。お前は、お前自身の力で、主人公になるんだよ! 」

(そうだ! )


 和真は、カルケルの言葉を自身の心の中で、全力で肯定した。


(あんな奴に、いいようにされたままでいられるか! )


 同時に、ふつふつと、闘志が沸き上がってくる。


 絶望の底から、燃えたぎるような炎の中へ。

 和真の心は一気に燃え上がり、絶対にヤァスに思い知らせてやるのだという気合で満たされる。


 その、激しく燃え盛る炎をたぎらせ、立ち上がってこそ、和真は本当の、この物語の[主人公]となることができるのだ。


「よォし。いいカオになったじゃねェか」


 和真の表情を見て満足そうに言うカルケルに、和真は、自身の双眸(そうぼう)から熱い涙をこぼしながら、「はっ……、はいっ! 」と答えていた。

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