「ガツンとぶちかませ! 」
「ね、ねぇ? わ、私の拘束も解いて欲しいっていうのはもちろんあるんだけど、ま、まさか、ヤァスに手も足も出ないって言うんじゃないわよね? 」
沈黙し続ける人々の中で、慌てたようにそう言ったのは楓だった。
「そっ、そんなっ、冗談じゃないわ! やっとヤァスの支配下から解放されたのに、このままアイツの思い通りになるしかないなんて! 何か、何かないのっ!? 例えば、プリズンアイランドの外から増援を呼ぶとか! 」
だが、その楓の言葉は、空(むな)しく響くだけだった。
「そ、そんなぁ……」
自分以外の全員が沈黙をし続けていることで、自分の希望が叶いそうにないことを悟った楓は、酷く落ち込んだ声を漏(も)らし、それから、気落ちしたようにうなだれた。
「気にいらねェ……。まったくもって、気にいらねェよ」
やがて、沈黙を続ける人々の中でそう言ったのは、カルケルだった。
彼は心の底からイラだたし気にそう言うと、声を強める。
「ヤァスの野郎も、奴の陰謀にまるで気づかなかった俺様も、打つ手なしの状態にまで追い詰められたこの状況も、何もかもが気にいらねェ」
それから、カルケルは自身の握りこぶしで、ドンッ、と机を叩いた。
「だが、俺様が何よりも気にいらねェのは! すっかり絶望して、意気消沈している、俺様たち自身だ! 」
叫び、イスを蹴り飛ばしながら立ちあがったカルケルは、その場にいた全員をサングラスの奥から見まわし、両手を広げながら吠える。
「戦おうぜ! 勝てそうもないから、何だって言うんだ!? あのクソッタレのチーターヤロウに、目にもの見せてやろうじゃねェか! 俺様たちのやれるところまで、やってやろうじゃねェかよ!? 」
カルケルの言葉に触発される者は最初、誰も現れなかった。
だが、カルケルはかまわず、自身の握り拳(こぶし)を力強く振り上げる。
「そうさ! 俺様たちはもう、終わりかもしれねェ! だがなァ、ここですっこんじまたら、[余計な手間が省けた]、そうヤァスを喜ばせるだけじゃねェか! そうだろう!? だったら、奴に食らいついて、腕の一本や二本、食いちぎってやろうじゃねェか! ガツンと、ぶちかませ! 」
「……。そうね。私は、カルケル獄長に賛成するわ」
カルケルの鼓舞に最初に反応を見せたのは、シュタルクだった。
「私は間抜けだった。自分は強いんだって、うぬぼれていた。だからヤァスにつけ入られた。……それも、二回も! アイツが私のチートスキルを強化コピーして使ってっ来るのだとしても、私はオリジナルよ。奴に、簡単に負けたりなんかしないわ! 」
「シュタルクが行くのなら、僕も行くよ」
続いて声をあげたのは、長野だった。
彼はヤァスに拷問(ごうもん)を受けたことでかなり衰弱していたが、それでも、その双眸(そうぼう)に闘志を輝かせている。
「諦(あきら)めなければ、最後には勝てる。それが僕の心情でね。友人が行くというのなら、僕はその背中を守るだけさ」
「やみくもに突っ込むだけじゃ、ヤァスに一矢報いることも難しいだろう。……まずは、作戦をたてよう」
「影雄がやるなら、私も協力しよう。ヤァスを怪しいと思いながらも、ここまで状況が悪化してしまうまで何もできなかった、せめてものつぐないだ」
続いて、影雄が戦うことを宣言し、オルソも続いた。
「それなら、私たちも。どうやら他に逃げ道はもうないようですし、ヤァスが人をどんなふうに扱うのか、よく分かっていますから」
「は、はい! せめて、アヴニールだけでも助けたいです! 」
さらに、アピスも、セシールも戦うことを決意したようだった。
千代とピエトロの二人だけは、戦いに参加すると言い出せない様子で、複雑そうな表情を浮かべたままだった。
二人とも、内心ではヤァスに対抗したいと思っているのだろうが、しかし、二人はチーターであっても、そのチートスキルは戦闘にはまったく不向きなもので、足手まといになるだけだという遠慮があるようだった。
それでも、二人とも、最後には戦うと決めた。
「わ、私も! できることがあるかは分かりませんが、このままじゃイヤです! 」
「僕もさ。千代にあんな酷いことをしようとしたのを、黙っておくなんてできないよ! 」
その場にいたほぼ全員が、カルケルの言葉に触発されて立ちあがった。
ただ一人、和真だけを除いて。
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和真は、未だに失意の中にあった。
自分は、ヤァスに利用されるためにここに連れて来られ、騙(だま)され、使い捨てにされた。
それは、あまりにも屈辱的なことで、和真は悔しくてしかたがなかった。
だが、自分に、いったい、何ができるのだろう?
和真に残っているのは、チートスキルの[残りカス]のような力だけだった。
こんなチートスキルでは、ヤァスとの戦いに参加することなど不可能だ。
和真は、自分自身の力では戦う術を持っていなかった。
そして、千代やピエトロのように、戦えなくとも、何か役割を果たしたいと言い出すような気力も残されてはいない。
この物語の主人公ではない和真にとって、すべてが空(むな)しいだけだった。
だが、そんな和真の前に、誰かがやってきて、和真と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
それは、カルケルだった。
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