「ヤァス」:1
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!? こんなうら若き乙女に、ごっ、拷問(ごうもん)とか、本気なのっ!? 」
影雄の言葉に、慌てたように声をあげたのは、和真たちではなかった。
それは、これまで虚ろな瞳をしたまま、イスに座らされていた白衣の女性、楓だった。
これまでずっと一言も発せずに黙っていたのに突然声をあげた楓に、最初、その場にいた全員が反応することができなかった。
カルケルたちに襲撃され、拘束され、ここまで連れて来られる間にもずっと無言だった楓が、今さら自分から話すなど誰も想像していなかったからだ。
「……あー、うん、オッケー。いきなり私がしゃべりだしたから、みんな驚いているってところかしら? 」
そんな和真たちの姿を見回した楓は、そう納得したように呟いた。
「とにかく、知っていることは全部話すから。だから、乱暴とかはしないでちょうだい。いいかしら? 」
それから楓は、主にカルケルと影雄の方を見ながらそう要求する。
その要求に、カルケルと影雄はお互いの顔を見合わせた。
「おい、小社管理官。あんなこと言っているが、どうする? 」
「ふぅむ、そうだな」
カルケルに問われた影雄は少しだけ悩み、それから、肩をすくめてみせる。
「こいつは今までずっとヤァスの下で働いていたんだ。急に心変わりしたとも思えんが、まァ、ウソをついているようにも見えん。……判断がつけられないから、とりあえず爪の2、3枚でもはがして、その反応を見て決めようと思う」
そして、影雄はそう淡々とした口調で言うと、事前に机の上に用意されていた拷問器具の中からペンチを持ち上げ、楓へゆっくりと近づいていく。
そんな影雄の姿を見て、楓は怯え、慌てて、叫び散らす。
「わっ、わーっ、待って、待ってくださいってば! わ、私、ヤァスに従っていたわけじゃなくて、洗脳されていただけなんだから! アイツに、私の絶対催眠のチートスキルを[盗まれた]のよ! 」
「ほぉ? 詳しく聞かせてもらおうか」
早口でわめき散らした楓に、影雄は興味深そうな視線を向ける。
それから、楓の目の前で、ペンチをパチン、パチンと何度か開閉させてみせながら、楓に言い聞かせるようにささやく。
「いいか、乙部。もしお前の言っていることが少しでも矛盾していたり、明らかに間違っていることだったりしたら、オレはこのペンチでお前の爪を一枚ずつはがす。いいな? 」
その言葉に、ゴクリ、と唾を飲み込んだ楓は、何度もうなずいて見せる。
「いい子だ。では、知っていることを話せ。ゆっくりと、そして、簡潔に。そして、こちらからの質問には、なるべく早く、確実に答えろ」
念を押すようにさらにそう言った影雄に、楓は再び何度もうなずき、そして、口を開く。
「わ、私は、今から半年と少し前に、ヤァスに自分のチートスキルを[盗まれた]の」
「盗まれた? それはいったい、どういうことだ? 」
「そ、それが、奴の、ヤァスのチートスキルなのよ」
楓は、影雄の恫喝(どうかつ)に怯え、声を震わせながら説明を続けていく。
「ヤァスの持つチートスキルの正体、それは、[強化コピー]だったの。奴は私のチートスキルをコピーして盗み、私に、私から盗んだ絶対催眠のチートスキルを使って催眠をかけ、支配下に置いた。……そして、そこにいるセシールにも」
「ことの真偽(しんぎ)は置いておいて、ヤァスはお前やセシールに何をさせようとしていたんだ? チートスキルをコピーして自分のモノにできるのなら、お前たちを支配下に置き続ける必要は無いだろう? 」
「それは、アイツのチートスキルには、制限があるからよ。……アイツがコピーして使うことができるチートスキルは、常に[一つ]だけ。何でもコピーして使えるけれど、一度に使えるチートスキルはたった一つだけなの」
楓の説明に、影雄は興味深そうな顔をし、カルケルもやや身を乗り出すようにして楓の方を注視する。
取調室にいた、失意にあって呆然自失としたままの和真を除く全員が、一斉に楓の方へと注目していた。
楓は周囲からの注目を集めていることを自覚し、緊張しながらも、影雄に続きをうながされて説明を再開する。
「楓。それで、ヤァスは何をしてきたんだ? 」
「アヴニールは、知っているかしら? 」
「ああ、聞いている。アピスやセシールの同郷の出身で、[未来視]のチートスキルを持っていたのだろう? 」
「そう。そのアヴニール。ヤァスの目的は、彼女の[未来視]のチートスキルだった。……ヤァスはセシールに催眠を施し、セシールに呼び出させたアヴニールを、セシールのチートスキル、時間停止の氷で封印した。未来視のチートスキルを、自分だけが使えるように。未来が分かれば、どうすれば自分の望み通りに未来を変えられるかも分かるからね。……そして、自分がこれからしでかそうとしていることを事前に知って、阻止しようと動く勢力が現れることを防ぐために、ヤァスはアヴニールを封印した」
「なるほど。しかし、それなら、アヴニール自身も催眠してしまえばよかったのだろう? 現に、お前やセシールにかけられた催眠は、今の今まで解けなかったんだ。……そもそも、どうして急にお前は正気を取り戻したんだ? 」
「それは、この首輪のおかげね。正常な機能を持つ首輪は、チートスキルの発動を抑制する。この首輪のおかげで、私にかけられている催眠のチートスキルも抑制されているの。効果範囲は狭いから、外からのチートスキルには対抗できないけれど。……それと、アヴニールには、催眠チートは通用しなかったの。彼女は自身がチートスキルを持っているというだけでなく、優秀な魔法使いで、自身の身を守ることくらいならできたわ」
「だが、未来視のチートスキルがあれば、アヴニールはその事態を回避できたのでは? 」
「そこは、難しいところね。アヴニールはヤァスが何か企んでいることは[視て]、警戒し始めていたんだけれど、セシールがヤァスにあやつられていることまでは気づかなかったみたい。……アヴニールのチートスキルには、曖昧(あいまい)な部分も多かったの」
その楓の説明を聞きながら、セシールが深刻な表情で頭を抱えていた。
自分があやつられてしまったせいで大きな事件が起こっていることに罪悪感を覚えているのだろう。
そんなセシールの肩にそっと手を置いたアピスが、彼女のことをなぐさめている。
その間にも、影雄による、楓への尋問は続いている。
「それで、奴は未来視のチートスキルを得て、何をしようとしていたんだ? 」
「残念だけれど、そこまでは分からない。奴は、わたしにそのことを漏(も)らさなかったから。……でも、何をしていたのかは知っている。ヤァスは支配下に置いた私やセシールを利用して、自身の勢力を拡大していった。管理部の管理官に、プリズントルーパーたち。そうして、今の事態につながっている、というわけ」
楓の言葉は真剣そのものだったが、影雄は、疑うような視線を楓へと向けていた。
「楓。実に興味深い話だったが、お前の話には一つ、決定的な矛盾がある」
「なっ、何のこと? 」
その影雄の言葉に、楓は怯えたように、肩をびくりと震わせる。
そんな楓に、影雄はニヤリと笑みを浮かべながら指摘する。
「ヤァスのチートスキル、[強化コピー]で、コピーして使用できるチートスキルは、常に一つだけだと言っただろう? だが、今の奴は、いくつものチートスキルを同時に使用している。楓、お前、ウソをついているんじゃないのか? 」
しかし、楓は逆にその言葉で、落ち着きを取り戻したようだった。
「ああ、そのこと? 」
そう言った楓は、それから、取調室の冷たいコンクリート製の壁によりかかってうずくまっている和真へと視線を向ける。
「ヤァスは、あそこでうずくまっている彼を使ったのよ」
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