「退却」
戦いは、一方的なものになった。
ヤァスの居場所を突き止め、一気に急襲し、有利に戦いを進めていたはずのプリズントルーパーたちは、そのヤァスただ一人を前に何もできなかった。
ヤァスは、様々なチートスキルを利用し、自身の支配下にあるはずのプリズントルーパーたちさえも巻き込みながら暴れまわった。
その強力で多彩なチートスキルに追い立てられ、反撃もままならなかったプリズントルーパーたちは、止むを得ず退却を開始する他は無かったのだ。
そして、その退却をきっかけとして、戦況は一気にこちらに不利なものとなった。
ヤァスはカルケル派のプリズントルーパーたちが確保していた施設へも攻撃を開始し、そこを破壊し、守備に就いていたプリズントルーパーたちを狩り立てたのだ。
たった一人を前に、一つの、立派な軍隊がなす術もない。
カルケルは止むを得ず指揮下にある全軍に退却を命令し、プリズントルーパーたちは監獄棟へと後退し、そこを最後の拠点として籠城(ろうじょう)した。
ほんの、数時間の出来事だった。
そのわずかな時間の間に、プリズンアイランドのほぼ全域が、ヤァスの手中に落ちてしまったのだ。
ヤァスの攻撃によって発電施設が破壊されてしまったことで、自家発電機能を持つ施設を除く、プリズンアイランドのほぼ全域で停電が起こっていた。
夜を迎えたプリズンシティは暗く静まりかえっており、そこで暮らしている人々は、息を潜めてこの騒乱が終わることを祈っている。
プリズンアイランドのほぼ全域を支配下に置いたことでひとまず満足したらしいヤァスは攻撃をやめ、自身の支配下にあるプリズントルーパーたちに命じて、監獄棟への後退に失敗したカルケルに従うプリズントルーパーたちの残党狩りを開始した。
ヤァスに支配されず、反乱に加わらないプリズントルーパーたちの残党はプリズンアイランドの各所に分断されており、もはやどこにも移動することができず、それぞれの拠点に立てこもって抵抗を試みることしかできない。
ヤァスはそういったプリズントルーパーたちを狩り立て、自身の支配を完全なものとしようとしているようだった。
監獄棟に退却するしかなかったカルケルたちは、それをただ見ていることだけしかできなかった。
突然、多彩なチートスキルを使いこなすようになったヤァスに対し、今のカルケルたちは有効な対抗手段を持たないからだ。
だが、まったく収穫がないわけでもなかった。
カルケルたちは人質として捕らえられていた、オルソ、シュタルク、長野、千代、ピエトロの五人の救出に成功し、ヤァスに抵抗する最後の砦(とりで)となった監獄棟に迎え入れることができていたからだ。
そして、最大の成果は、ヤァスに協力していた女医、チートスキル[絶対催眠]を持つ乙部楓を拘束することに成功したことだった。
楓は今、虚ろな瞳をしたまま、手錠をされ、取調室のイスに座らされている。
自身がどこにいるのか、カルケルたちに拘束されていることさえも分からない、あるいは、どうでもいいと思っているように見える。
そして、取調室には今、カルケルをはじめ、ヤァスに抵抗を続ける主要な人々が集まっていた
ヤァスに対抗するための最後の砦(とりで)となってしまった監獄棟の中で、その取調室は今、臨時の司令部のような形になっていたからだ。
その、取調室に集まっている人々の中には、絶望の中にある和真もいた。
和真には何らかの治療が必要だろうと思われてはいたのだが、今の状況では落ち着いて治療をすることも、また、そのために必要な人員も物資もなく、影雄の「放っておくのは危険な気がする」という意見によって、和真はこの場所に連れて来られていた。
「さて。最悪な状況に陥(おちい)ってしまったが……、まだ、諦(あきら)めるのは早い」
誰もが言葉を発することなく、暗く沈んだ雰囲気に包まれていた取調室で、そう鼓舞(こぶ)するように言ったのは影雄だった。
「諦(あきら)めるのは早い? ケッ、小社管理官、アンタもずいぶん楽観的だな」
影雄の言葉に少し不機嫌に応じたのは、カルケルだった。
カルケルは今、取調室に持ち込んだイスの上にふんぞりかえってはいるが、その身体には包帯が巻かれ、負傷してしまっている。
ヤァスとの戦いに巻き込まれ、負傷し、退却するしかなかったのだ。
「奴の、ヤァスのチートスキルを見ただろう? ありゃァ、ケタ外れだ。しかも、使えるチートスキルが一つじゃねェと来ている。……今さらチーターに言うことじゃねェが、ありゃァ、反則だぜ」
率直な感想を述べるカルケルに、影雄は挑発的な視線を向ける。
「では、このまま降参するのか? 奴に? 」
「んなわけねェよ」
影雄の挑発を笑い飛ばし、カルケルは両腕を身体の前で組む。
「俺様は、カルケル様だぜ? このチータープリズンの王様だ。その俺様が、あんなクズ野郎に降参なんかするもんかよ」
それからカルケルは、影雄に向かってあごをしゃくる。
「それで? 小社管理官、何か考えがあるんだろう? ぜひ、聞かせてくれ」
「ああ、もちろんだ。……といっても、すべてはこの新しい[オトモダチ]次第だがな」
うなずいた影雄が視線を向けたのは、楓だった。
「乙部楓。彼女は、ヤァスの陰謀に深く関わって来た。……ヤァスの目的も、そのチートスキルの本当の正体も、もしかすると知っているかもしれん。それが分かれば、逆転につながるかもしれん」
「ほーん、ま、他に手もないしな。可能性が一パーセントでもあるなら、やってみようじゃねェか。……けどよ、どうすんだ? コイツ、さっきから一言も言葉を話さねェがよ? 」
「なに。……どんな手段を使ってでも、話してもらうさ」
影雄は、冷酷な、断固とした決意を宿した瞳で、虚ろな瞳のまま身じろぎもせずにイスに座っている楓を見つめる。
「小社管理官! やっと、機能している首輪を見つけてきました! 」
その時、取調室に、どこからか正常に動作している首輪を見つけてきたアピスがそう言いながら戻ってくる。
彼女の姿を見た影雄は、険しい表情を浮かべたまま、重々しくうなずいた。
「よし。そいつを、楓に装着してくれ。手錠をしたままではうまく[話し]ができんからな」
「……はい」
その影雄の言葉で、彼がこれから、楓に何をしようとしているのかを理解したのだろう。
緊張した表情でうなずいたアピスは、持ってきた首輪を楓の首に装着し、そして、少しだけ同情するような視線を楓へと向けた。
そして、アピスが楓に首輪を取りつけたのを確認すると、影雄は冷酷な声で言った。
「さて。……これから、拷問(ごうもん)を始める。見たくないものは、一度部屋から出て行ってくれ」
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