「コピーせよ、チートスキル」:3

 監獄での生活の中で、和真が自分のチートスキルをこっそりと使うことができるようなおぜん立てはできあがったが、やはり、チートスキルのコピーは思うようにはいかなかった。


 チータープリズンには和真の知り合いと呼べる相手は、千代とピエトロくらいしかおらず、その他の大勢の囚人(チーター)たちに対し、和真は話しかけることさえ難しかったのだ。


 和真は、誰にでも気軽に話しかけられるような性格ではなかった。

 それに、直球で[あなたのチートスキルは何ですか]とたずねるわけにもいかない。


 囚人(チーター)たちの間に存在する暗黙のルールによって、素直に教えてもらえるはずもなかったし、そんなことをしていれば囚人(チーター)たちから不審(ふしん)がられることになるかもしれない。


 いや、すでに、和真は他の囚人(チーター)たちから、不審(ふしん)に、というか、興味を持たれている様子だった。


 チータープリズンでの単調な毎日をくり返す間に、和真は、周囲から視線を感じるようになっていた。

 これまでの生活ではそんなことはなかったのだが、気がつくと、和真は誰かに常に見られているような気がする。


 ヤァスから[特別任務]を与えられたせいで、自意識過剰(じいしきかじょう)になっているだけではないようだ。

 実際に、和真は囚人(チーター)たちから関心を集めているようだった。


 ふと視線を感じた和真が素早く振り返ってみると、和真の方を見ていた囚人(チーター)が慌ててそっぽを向くところを目撃したから、それは間違いない。


(いったい、どういうことなんだろう? )


 まさか、和真が[特別任務]を言い渡されたことが、他の囚人(チーター)たちに知られているのだろうか。


 だが、そうではないということは、すぐに明らかになった。


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「ねェ、キミ、蔵居 和真くん、でしょ? 」


 ある日のことだ。

 毎日の課業を終え、入浴の時間となった時に、唐突に和真に話しかけてきた者があった。


 そこは、銭湯(せんとう)にあるような、何人もの人間が一度に入ることができる大きな湯船の中でのことだった。

 和真は少し熱めの温度の湯船に肩までつかっていたところだったが、その隣に突然、一人の男がやってきて座るなり、そう話しかけてきたのだ。


 それは、和真と同じように、一見すると日本人のように見える容姿の男性だった。


 そもそも、そこには日本人に見える人が多かった。

 チータープリズンには様々な世界から様々な人種、中には亜人と呼ばれるような、二足歩行をして両手と両足、頭の五体があるという以外は人間と少しも似ていない種族も集められていたが、日常的に入浴するという習慣を持っているのは日本人に多いらしく、自然と湯船につかりに来る者は日本人が多くなっている。

 もちろん、日本人に見えない人々も利用しているが、興味本位や、気分転換につかりに来る、という場合がほとんどだ。


「えっと、はい、そうですけど」


 和真は急に話しかけられて少し戸惑いはしたものの、こうやって名指しで話しかけてくるということは、相手はもう和真について会う程度知っているのだろうと思い、素直にうなずき返す。


「ああ、良かった。……あ、そうそう、俺の名前は田中。キミと同じで日本出身なんだ」


 田中と名乗った男性は、それから、和真とおしゃべりをはじめた。

 日本のどこ出身か、といった質問や、どんな暮らしをしていたか、どこに旅行に行ったことがあるかなど、他愛のない話ばかりだ。


 だが、それらの話題は全て、和真と打ち解けるためのものであるようだった。


「ところで。……和真くん、キミが受けたっていう、懲役九百九十九年の刑期。アレって、本当のことなのかい? 」


 やがて、田中という男性は、何気ないふうをよそおって和真にそうたずねてきた。


 その時和真は、自分の周囲にいる囚人(チーター)たちが、和真に視線を向けていた理由を理解することができた。


 ヤァスから言われた[特別任務]のことが噂になっているわけでは無かった。

 和真が受けた判決、[懲役九百九十九年]について、囚人(チーター)たちの間で噂になっているのだ。


 チータープリズンにおいては、囚人(チーター)に開示される情報は、監獄を運営する側によって制限されており、それぞれの囚人(チーター)が持つチートスキルはもちろん、どれだけの期間、収監(しゅうかん)されることになっているかなどの情報も、公表されるようなことはない。


 だが、どういうわけか、和真に与えられた判決、[懲役九百九十九年]は、囚人(チーター)たちの間に広まっているようだった。


 和真が困惑していると、田中は和真に向かって右手で拝むようにしながら、人懐っこい笑みを浮かべて「なぁ、頼むよ」と言った。


「実は、仲間とカケをしているんだ。キミの受けた刑期が本当に九百九十九年なら、俺は、仲間たちからたっぷりグディをせしめられるんだ。な? 何なら、キミに半分、分け前をやってもいい」


 別に、隠すようなこともないか。

 特別任務のことが知られたわけではないと知って安心した和真は、田中に自分の刑期を教えようとしたが、すぐに思い直して、それから、ほんの数秒だけ考えを巡らせた。


「別に、教えてもいいですけど、でも、そのかわり、お兄さんにも教えてもらいたいことがあります」

「おっ、なんだ? できることなら答えるぜ」

「はい。えっと、それに答えてくれるなら、分け前もいりません」


 カケに勝ってたっぷりグディが手に入ると喜んでいる田中の様子を見ながら、緊張のために少しだけ言葉を区切ると、和真は言う。


「お兄さんのチートスキル、それを、教えてください」

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