「コピーせよ、チートスキル」:2
自分が目覚めることになるチートスキル、[劣化コピー]。
そのチートスキルを使い、できるだけ多くの囚人(チーター)からチートスキルを集める。
そうすれば、和真は、ヤァスが[未来視]のチートスキルによって予見したという[惨劇]を阻止することさえできるのだという。
しかも、和真に言い渡された、[懲役九百九十九年]という刑期を大幅に短縮し、釈放(しゃくほう)してもらえる。
日本に、家族や友人のいるあの場所に、和真は帰ることができるのだ。
しかも、世界を揺るがすような[惨劇]を食い止めた、主人公として。
その光景を想像するたび、和真の脳裏には痺(しび)れるような感覚が走った。
それは、何というか、優越感と言うか、幸福感と言うか。
今までに味わったことのないような感覚だった。
だが、牢獄(ろうごく)へと戻された和真は、しばらくすると冷静さを取り戻し、新たな悩みに直面することとなってしまった。
チートスキルをコピーする。
言葉で言えば簡単で、単純明快(たんじゅんめいかい)なことだったが、しかし、具体的にどうすればそれができるのかが分からない。
チーターにとってチートスキルとは[自然にできてしまうもの]とヤァスは言っていたが、それは和真には実感としては少しも理解のできないことで、自分がチートスキルを使っている場面などは想像もできなかった。
問題は、他にもある。
それも、いくつもある。
まず、そもそも和真にはまだチートスキルが目覚めてはいない、ということだった。
ヤァスは確かに、和真にはチートスキルが目覚めるとは言っていたが、それがいつ目覚めるのか、具体的なことは何も教えてはくれなかった。
ヤァスの[未来視]も完璧(かんぺき)ではないということだったから、秘密にされているわけでは無くヤァス自身も知らないことなのかもしれなかったが、和真としては、チートスキルに目覚めていないうちは、どうすることもできない。
加えて、千代やピエトロと話すうちに知った、囚人(チーター)たちの間に存在する[暗黙のルール]が存在する。
囚人(チーター)たちの間には様々な派閥が存在し、その中で、それぞれのチートスキルによって[序列]が存在しているのだという。
強力なチートスキルを持てば、派閥のリーダーに選ばれるほど尊重されるが、それがほとんどかえりみるような特徴を持たないチートスキルであれば、侮(あなど)られ、疎外されることにもなる。
だから、多くの囚人(チーター)たちは、自身のチートスキルがどんなものなのかを他の囚人(チーター)たちに隠そうとするのだという。
もしそれを知られてしまえば、囚人(チーター)たちの間に存在する、表立って目に見えてこない[階級社会]に、否も応もなく取り込まれてしまうからだ。
千代やピエトロのように、そもそも派閥に関与するような意志もなく、明らかに無害なチートスキルしか持たない囚人(チーター)であれば気にするようなことではないのだが、和真にとっては厄介な問題だった。
和真がコピーしなければならないチートスキルというのは、おそらくはその大半が、囚人(チーター)たちの間のしがらみの中で、できるだけ秘密にしておこうとされるような種類のチートスキルであるはずだからだ。
それに、和真に自分が持つチートスキルがどんなものなのかを知られてしまうと、それをコピーされてしまうと知られてしまったら。
そう囚人(チーター)たちに知られたら、誰も和真に自分のチートスキルがどんなものなのかを教えたりしなくなるだろう。
自分だけのものであるはずのチートスキルをコピーされてしまう。
たとえそれが[劣化コピー]ではあっても、何となく嫌だと感じる囚人(チーター)は数多くいるだろうし、囚人(チーター)たちの間に存在する[序列]の中でできるだけ良い立場を維持しようというつもりがあるなら、快(こころよ)く和真に自身のチートスキルをコピーさせてくれる囚人(チーター)などいないはずだった。
さらに、囚人(チーター)たちは全員、チートスキルの使用を抑制するために、特別製の首輪を身につけさせられている。
この首輪は、どうやら科学的な技術と、アピスのようなエルフたちの魔法的な力をどうやってかミックスさせて作られたものであるようで、原理は不明であるものの、この首輪を身に着けている間、囚人(チーター)たちはそのチートスキルを使用することができない。
監獄での生活の中で唯一首輪を外せるのは入浴の時だけだったが、入浴に使われる場所は建物全体にチートスキルの使用を抑制する効果が付与されており、チートスキルを使いたくても使うことが許されない。
誰かのチートスキルの正体を和真が知ることができたとしても、[劣化コピー]のチートスキルを使用できなければ何の意味もない。
だが、どうやら、この三つ目の問題点については、ヤァスが手をまわしてくれたようだった。
和真がその日の夕食を食べ終え、入浴から帰ってくるとすぐに、一人のエルフが和真の牢獄(ろうごく)を訪ねてきた。
そのエルフの姿に、和真は見覚えがあった。
シュタルクが監獄棟の中庭で暴走しかけた時に現れた、何だか気弱そうな印象の女性エルフだ。
確か、彼女の名前は、セシールと言ったはずだ。
なぜかおどおどおとした態度で和真の部屋に入って来たセシールは、和真に新しい首輪を持ってきていた。
それは、和真が今身に着けている首輪と、少しも変わらない見た目をしている。
だが、セシールの説明によれば、その首輪は特別製で、装着者のチートスキルの使用を妨げない作りになっているのだという。
どうやら、物事はすでに動き始めているようだった。
ヤァスは和真のために手を回し、囚人(チーター)たちの中でただ一人、自由にそのチートスキルを使用できるように便宜(べんぎ)をはかってくれているのだ。
和真としては悩むべき問題が減って、今後にも活路(かつろ)が見いだせてありがたい限りではあったのだが、同時に、何だか怖いような気持にもなった。
自分が主人公に、物語の中心になれる。
そう思って舞い上がっていたのだが、実際には違うのではないか、そう思えてきたからだ。
和真は、自分はこの物語の主人公などではなく、単なる[駒(こま)]に過ぎないのではないか、そう思えてきて、慌ててその考えを振り払った。
ここで和真がうまく立ち回らなければ、早期出所して日本に帰ることも、ヤァスが見たという[惨劇]を防ぐこともできないのだ。
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