「コピーせよ、チートスキル」:1
「和真さん。貴方(あなた)はこれから、できるだけ多くの囚人(チーター)から、チートスキルをコピーしてください」
自分が、主役になれる。
そんな未来を想像し、思考が麻痺(まひ)したようになっている和真に、ヤァスはささやく。
「ボクが見た[惨劇]、それは、和真さん次第で、悪化させることも、防ぐこともできるのです。和真さんこそが特別、和真さんが主役、そして英雄となれるのです。……ですが、そのためには、和真さんができるだけ多くのチートスキルをコピーして、使えるようになっている必要があります。ですから、和真さん、貴方(あなた)はこれから、このチータープリズンの囚人(チーター)たちから、できるだけ多くのチートスキルをコピーしてください」
「そ、それは、分かった、けど」
和真は、自身の興奮を何とか抑えながら、ヤァスに必要なことを確認する。
「で、でも、コピーって、どうすればできるん、ですか? そ、それに、ヤァスさんの言う[惨劇]を防ぐためには、チートスキルをたくさんコピーして、それをどう使えばいいんですか? 」
「どうやってコピーするかについては、簡単ですね」
ヤァスは相変わらず柔和な笑みを浮かべながら、和真のことを見ている。
その仮面のような笑みの裏で何を考えているのかは少しも分からない。
和真はそのヤァスの笑顔に、警戒感を持っていたはずだった。
だが、その話を聞くうちにすっかり舞い上がってしまい、その警戒感はどこにも残ってはいない。
和真はただ、ヤァスの言われるままになろうとしていた。
「相手のチートスキルがどんなものなのかを、和真さん自身が知って、理解すればいいのです。そうすれば、和真さんはどんなチートスキルでもコピーすることができます」
「そ、そんなの、分かりませんよ」
「大丈夫です。チートスキルというのは、そのスキルの持ち主にとっては、何も考えなくとも自然に使えてしまうものなのですから。……中には、制御を誤ってしまえば大変なことになるようなチートスキルもありますが」
ヤァスは「簡単だ」と言うが、しかし、和真は困惑するしかなかった。
そんなふうにうまくいくとは、とても思えなかったからだ。
そんな和真の様子を見ながら、ヤァスは左手の人差し指を立てて見せる。
「もし不安があるのでしたら、まずは、簡単な、あまり危険のないチートスキルからコピーしてみる、というのはどうでしょうか。たとえば、松島さんの[手から美味しい鶏のからあげを無限に出せるチートスキル]、とか」
確かに、ヤァスが言う通り、あまり強力なチートスキルではなく、もっと、制御に失敗しても問題のなさそうなものから少しずつ慣らしていくのが確実だろう。
シュタルクのように、チートスキルを暴走させて騒動を起こしたくはない。
だが、和真の思考の中にわずかに残っていた理性が、ヤァスの言葉に引っかかりを覚える。
「ど、どうして、千代さんのことを? 」
「和真さんにとって、このチータープリズンではじめてできた[知り合い]なのでしょう? ……実は、和真さんのことは、ずっと監視させてもらっていたんです」
つまり、和真が今までチータープリズンで何をしていたのか、すべてお見通しということだった。
そして、和真がこれからどんなことをするのかも、すぐにヤァスに知られてしまうということでもあった。
「どうすれば[惨劇]を防げるかについてですが、これは、ボクにもまだ、よく分からないのです」
それから、ヤァスは和真が[自分は常に見張られている]という点を意識するのを避けるように、和真がした二つ目の質問について答える。
「ボクの[未来視]の能力は、完璧(かんぺき)ではありません。漠然(ばくぜん)としているところがあるのです。ですから、[惨劇]に和真さんがどんなふうに関わり、また、その[惨劇]を防ぐために何をすればいいのかは、まだ分かりません」
「じゃ、じゃぁ、その[惨劇]で、何が起こるのかっていうのも? 」
「まだ、ほとんど分かりません。……ただ、それが酷く恐ろしいことで、世界の命運を決めてしまうということだけしか、分からないのです」
和真にそう言ってから、ヤァスは「世界の命運をかけた出来事の中心にいるだなんて、和真さん、まるで伝説の勇者のようですね」と、少し冗談めかしながら言葉を続けた。
すっかり舞い上がっていた和真は、その言葉で背中がむずかゆくなり、自分の分の紅茶の残りを一気に飲み干して気を静めた。
すっかり冷めてしまっていた紅茶だったが、その冷たさが気分転換にはちょうど良かった。
ふぅ、と一息ついた和真に、ヤァスは真剣に見えるまなざしを向け、身体を前のめりにしながら、念押しをするように言う。
「どうか、頑張ってください、和真さん。これから和真さんがどれだけ多くのチートスキルをコピーすることができるのか、それが重要なことなのです」
「は、はい。と、とにかく、やってみます」
「ええ、お願いします。……ボクも、微力ではありますが、なるべくお力添えをさせていただきます。不確実なチートスキルではありますが、ボクの[未来視]のチートスキルを使って、[惨劇]についての情報も、できる限り集めたいと思っています」
そして、ヤァスの用件は、これですべてであるようだった。
ヤァスは和真に「今日は大変だったでしょうから、あとはゆっくりお休みください。何か確認したいことや、必要なものができたら、近くのプリズンガードを通して僕に伝えてくださればお応えします」と言い、部屋に戻る和真を送り出した。
チータープリズンの[ルール]に従い、再び手錠をつけた和真がヤァスの部屋を出ると、そこにはプリズンガードたちが待っていた。
二人のプリズンガードたちは事前にどう行動すればよいのかを指示されていたようで、和真の前後を挟むようにすると、和真を連行して歩き始める。
ヤァスの部屋と同じようにアンティークな印象の廊下を進み、階段を降りると、周囲の景色は和真にも見覚えのあるものに変わっていった。
どうやらここは、和真が判決を言い渡された管理棟の建物の中であるようだ。
やがて管理棟を出て外に出ると、空が茜色に染まっていた。
どうやら、もう夕方であるようだ。
監獄棟へ向かって連行されながら、和真は、まだ半ば放心したような状態で、管理棟の、上の方を振り返る。
心なしか、かなり高いところにある窓から、ヤァスが窓越しに自分のことを見ているような気がした。
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