「呼び出し」:2

 和真が連れてこられたその部屋の中は、今まで和真が体験したことの無い、異様な雰囲気に包まれていた。


 そこにいるだけで、息苦しい。

 前から、後ろから、左から、右から。

 威圧するような視線が、和真のことを見おろしている。


 もちろん、そこに居並ぶ人々が、和真のことを威圧するような目で見ているとは限らなかった。

 ただ、今の和真には、そう思えるというだけだ。


「これより、被告人、蔵居 和真に対し、チートスキル禁止法に基づく判決を申し渡す! 」


 やがて全ての人物がそろったのか、和真の正面中央に座った裁判官が書類を取り出し、その朗読を始める。

 少しでも威厳を持って朗読しようというのか、もったいぶるような口調だった。


 その裁判官からの言葉を聞き、和真は戸惑うしかない。


 判決?


 裁判を受けるみたいだな、とは思ってはいたものの、実際にはこれは裁判の場ではなかったようだ。


 それは、和真が全く知らないうちに、一方的に決められた判決を告げられるだけの場だった。


「被告人、蔵居 和真は、現状でチートスキルの発現は認められないものの、今後、重大な危険性を持つチートスキルを発現すると予見されている! よって、当法廷の結論によれば、当チータープリズンにおいて、継続的に重度の監視下に置かれることが必要であると認める! 」


 その空間は、裁判官以外に声を発する者はおらず、シン、と静まり返っていた。

 和真は訳も分からないまま、その重苦しい沈黙の中で、裁判官の[判決]を聞いていることしかできなかった。


「被告人、蔵居 和真のチーターランクを、Sランクと認める! 」


 その言葉は、和真にとって少しだけ嬉しかった。

 自分にとっては未知ではあるものの、これから発現するだろう和真のチートスキルが、チーターたちの中でも上位に含まれるほど強力なものだと思えたからだ。


 だが、和真がそう思っていたのも、ほんの一瞬のことだった。


「よって、被告人、蔵居 和真の懲役を、今後九百九十九年とし、厳重な監視の下、当チータープリズンにおいて収監(しゅうかん)することとする! 執行猶予は、これを適用しない! 」


 懲役という言葉を、和真はこれまでにニュースなどで何度も聞いたことがあった。

 罪を犯した犯罪者に罪を償(つぐな)わせるためにその自由を奪い、監獄に収監(しゅうかん)するという意味だ。


 だが、自分は、いったいどんな罪を犯したというのだろうか?

 和真のチートスキルは未だに発現してはおらず、誰も、和真でさえどんなものなのかを知らない。

 それなのに、重大な罪に問われ、長い刑期を言い渡されている。


 しかも、その長さと言ったら。

 和真は聞き間違えであって欲しいと願ったが、裁判官の声は明朗であり、和真の耳はその声をしっかりと聞き取っていた。


 九百九十九年?

 約千年だ。

 とても人間の生きられる期間ではない。


 和真はこのまま監獄(かんごく)で暮らし、寿命を終えることになる。

 良くてこのプリズンアイランドのどこかに埋葬され、悪ければそのまま牢獄(ろうごく)の中で、腐敗し、干からび、骨だけになっても閉じ込められ続けることとなるのだ。


「以上! 被告人、蔵居 和真に対する判決を述べた! これにて、当法廷は終了とする! 」


 裁判官は最後にそう言うと、木槌(きづち)を叩き、乾いた音が部屋中に響き渡った。


 その音の余韻(よいん)を感じながら、和真は、自身の心臓が、ドクンドクンと、速く脈打っているのに気がついた。


(そんな、バカな)


 和真は、眩暈(めまい)がするような気分だった。


 問答無用でプリズントルーパーたちに拘束され、収監されたのだから、自分がここから簡単に出られるとは思ってはいなかった。

 だが、まさか、死んでもここから出られないとは。


 しかも、裁判らしいものもなしに、一方的に判決だけを言い渡される。

 通常の裁判であれば、被告人がどんな罪人を持つ者であろうと、弁護人がつけられる。

 だが、和真にはその弁護人さえない。


 どうしてそんな刑期が決められたのか、和真のチートスキルとはいったい何なのか。

 それすらも一切、明らかではない。


 和真は、このチータープリズンに収監(しゅうかん)されてから、[反抗しても良いことは何もない]ということを嫌というほど思い知らされてきた。


 だが、今は、言うべきだ。

 言わなければ、このまま黙っていては、自分は決して、このチータープリズンから出られなくなってしまう。


 理由も分からず、何も分からず、和真は捕らえられ、一生を牢獄(ろうごく)の中で過ごすことになるのだ。


「ちょっ、ちょっと、待ってくださいよ! 」


 和真は精一杯の勇気を振り絞り、そう叫んで立ちあがった。


 こんなことは、絶対におかしい。

 裁判もなしに、何の弁護も無しに、一方的に判決だけを言い渡され、理由も知らないまま一生を牢獄(ろうごく)の中で過ごすことになるなんて。


 だが、裁判官は、和真に一切、聞く耳を持たなかった。

 ただ、何度も強く木槌(きづち)を叩きつけ、冷たい声で言い放っただけだ。


「静粛に! 被告人の発言は、これを一切、認めない! 」

「そんなっ!? お、俺の話は、何も聞いてくれないんですか!? 」


 そんな裁判官に和真はなおも食い下がったが、裁判官は一言、「プリズンガード! 」と叫んだだけだった。


 そして次の瞬間、和真は左右にひかえていたプリズンガードからスタンガンを当てられ、その電撃で意識を失った。

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