7月
小惑星同士が衝突したことが広まったきっかけはSNSだった。
公式機関ではない、星に詳しい一般アメリカ人男性が観測した映像に丁寧に解説CGを付けて公開されたそれは「地球の危機!!」的なセンセーショナルな文言と共に大きく拡散された。
日本でもその元ツイートを翻訳した呟きが至る所で発信され、それが報道番組に取り上げられた。あっという間に国内国外問わず大多数の人々が知ることとなった。
このような拡散のされ方はNASAも想定外だった。本当は段取りを踏んで、現状の分析と共に正確なデータを開示をする予定だったはずだ。けれど蓋を開けてみれば、否、蓋が勝手に開けられたことで世界中が蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
幸い日本では外国ほどの混乱は生じていない。
けれど確実に不吉ななにかが生活を侵食していくような気がしてならなかった。
「というわけで、映画を見たいので一緒に見よ~」
学校は通常通り授業があり、部活ももちろんあるということだ。
先輩は例のごとくゆるい感じに目を細めて、僕に話しかけてくる。
「また藪から棒に。いいですけど、この部室にテレビとかないですよ?」
「案ずるでない。視聴覚室の使用許可は既に取っておる」
「手回しが早い。なんの映画です?」
「んー、じゃあヒント。アから始まってンで終わる6文字の映画」
「アンパンマン?」
「アンパンチ!」
「痛い!なんで!?」
「じゃあラストシーンの再現するから当ててみて」
「そんなネタバレ前提のクイズあります?」
と言いながら、僕は何となく映画の当ては付いていた。先輩の性格と今の情勢を鑑みるに先輩が見たい映画はアルマゲドンだろうなあと思った。僕も一度見ており、内容はざっくり覚えている。
「じゃあスタート!『子供に伝えてくれ。私はお前を愛していると』」
「はい」
「『おい聞け馬鹿野郎共!俺たちの言葉を!』」
「ん? ん?」
「『アップヤアアアアア!!』」
「待ってください、待ってください」
「なに~、今いいところなのに」
「え、先輩が言ってるのってアルマゲドンですよね」
「うん、そうだよ~。正解~」
「???」
「???」
どうやら先輩は別の映画のラストとアルマゲドンのラストを取り違えているらしい。先輩は「あれえ、確かアルマゲドンって飛行機に乗って隕石に突っ込んでいくんじゃなかったっけ」と首をひねっていた。平行世界のアルマゲドンでも見たのだろうか。
真偽のほどはこの目で確かめるべしということでTUTAYAに来た。
しかしお目当ての隕石墜落映画は既に借りられていた。
「やっぱりみんな考えることは同じだよね。ブルースウィリスが狂ったように笑いながら飛行機で特攻するシーン見たいもんね」
「いやだからそれはアルマゲドンじゃないんですって。そのシーンは僕もちょっと見てみたいですけど!」
「ウイルスを送り込んで隕石に張られたシールドを無効化するんだよ~」
「サメ映画かなんかと勘違いしてるのでは」
「それを確かめに来たんだけどなー」
なんとか見る手段はないかと考えたところである方法を思いついた。
「先輩、視聴覚室ってPCに接続できるケーブルってありますかね?」
翌日の放課後。
僕と先輩は視聴覚室を借りて、映画を見れるようセッティングする。持ち込んだPCを校内Wi-fiに繋いでAmazonプライムを開く。Amazon万歳。
部屋を暗くして、先輩の隣へ座る。
「そういえば視聴覚室って借りるのに理由って聞かれなかったんですか」
「うん、聞かれたよ。地学研究のためって言った」
宇宙から飛来する小惑星と地球科学にどのような関係があるのかと意地悪を言おうと思ったがやめた。ほら、隕石掘るシーンがあるし、大体地学です多分。
「優等生はこういう時に便利だね~」
「自分で言うと台無しですよ。あ、始まります」
冒頭、壮大な音楽と共に隕石と地球の衝突が予感される。次にアメリカの街並みが映され、最初の異変とばかりに小粒大の隕石が砲弾のように建物や車を破壊していく。
過剰なくらいの派手な爆発ではあるが、掴みとしてやっぱり面白いなーと思って、糺谷先輩を見ると少し微妙な顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、隕石ってこんな風に落ちるもんかなあって」
「え、違うんですか……?」
「ううん、ちょっと違うかも」
先輩も指摘が無益であることが分かっているのか、それ以降は特段何も言わなかった。
それでも疎い僕でも分かるようなアラが見つかると、そのたびピクリと肩が動くのが少し面白かった。
ただ序盤を過ぎると主人公を取り巻くユニークな仲間たちが増えてきて、先輩も見入っていた。コミカルシーンの度に僕に配慮してかクックッと押し殺した声で笑っている。
ゆるい表情をしていることが多いが、感受性が豊かな人なのだ。
終盤、主人公たちの危機的状況にハラハラしたり息を吞んでいるのが、画面を見ながらでも分かるほどだった。
エンドロールが流れ出すころにはすすり泣きが聞こえた。
僕は席を立ち、視聴覚準備室でたっぷり時間をかけて後片付けをした。
先輩と合流すると「片づけありがとうね~」といつもの調子を装っていった。その目は赤みを隠しきれていなかったが、気づいていない振りをした。
視聴覚室の鍵を返して、先輩と一緒に帰路に着く。
「望月くんも一回アルマゲドン見てたんだっけ」
「かなり前に一度だけ」
「そっか、今日は面白かった?」
「終盤に仲間が無慈悲に死んでいくところは手に汗握りました」
「フリーダム号の切削機が動かなくなった時は人類はもう終わったと思ったよね~」
「先輩も一度見てますよね?」
感情移入しすぎて初見であるかのような感想を言うのが少し面白かった。
「ほら、私も大分忘れちゃってたから。その分楽しめたよ」
「序盤、科学考証がうんたらと言ってませんでした?」
「うん、序盤だけじゃなくて終盤もツッコミどころは沢山あったね。あーあ、こういうことがあると年を取ったのかなって思うよね~」
「というと?」
「子どもの頃に見たんだけど、その時はいちいち隕石の被害が~とか無重力が~とか思わず夢中で見れたの。けど今日改めて見たらシーンの端々で気になるところが出てきて、なんだか昔よりチープに思えちゃったんだ。それがちょっと自己嫌悪?的な?」
「あれだけ泣いてたのにそんなことを考えていたんですか」
「泣いていません、目にデブリが入っただけです」
「大惨事じゃないですか。でもちょっと分かります。CGとかも安っぽく感じちゃって、ああこれは作り物なんだなって思わされるというか」
「うん、そういう部分もあって、年を取ったのかなって」
「まあでもアラに気づけるだけ、先輩の知識が増えたってことなんじゃないですかね」
「んー?」
「冒頭の隕石が落ちてくるシーンだって僕はすんなり『隕石ってこういう落ち方するんだな』って思ってましたし。先輩が今日まで学んできたことがあったから、そういう気づきがあったんじゃないかなって」
「お~、望月くん、私を慰めようとしてくれてる?」
「そういうのは言っちゃうと僕まで恥ずかしくなるからやめてください」
「じゃあ照れくささのお裾分けだね~?」
「何言ってるんですか」
気づけばいつもの別れ道に着いていた。
もう少し語りたいこともあったが、今日は遅いので解散の運びになる。
「それじゃあ先輩、今日はお疲れ様でした」
「うん、じゃーねー。また明日~」
先輩がゆるく笑って、手を振る。
感動的なシーンを見たせいか、なんだかそれ自体が映画の1シーンみたいでとても尊いように思えて、いやいやそういうのは気持ち悪いぞと自戒する。
僕はなんとか気持ちの一欠けらを切り取って言葉にする。
「はい、また明日」
+++
翌日、ふと気になって訊いてみた。
「そういえば勘違いしてた映画ってなんだったんです?」
「あー、あれねー、インディペンデンスデイ」
「全然違うじゃないですか!」
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