食事中は、喋らないひとなのかもしれないけれど。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
言って。既に食べ終わっていたというのに、待ってくれていたのだろう。彼は、手慣れていることが窺える動作で、二人分の食器をサッと纏めて立ち上がる。その姿を見て、わたしは咄嗟に少年の手を遮った。
彼にとって、思わぬ行動だったのだろう。少年の顔には、戸惑いが現れていた。
「ええと……どうか、されましたか?」
「あ、あの……その、片付けくらい、させてください」
「ありがとうございます。ですが、ボクが好きでしていることなので、どうかお気になさらず」
「で、でも……」
このままでは、彼の言葉に甘んじてしまうことになる。
しかしこの場合、わたしには上手く切り返すだけの発想がない。
ごにょごにょと口籠もっていると、見かねたのか。少年が助け船を出してくれた。
「でしたら、一緒に洗うというのは、いかがでしょうか?」
「え……?」
「二人ならば、早く終えることができますよね。そうしたら、ゆっくりと落ち着いて話ができます。どうでしょうか?」
「は、はい!」
食堂の奥。隣にある調理場へと、食器を運んでいく。洗い場に着いて、手際よく洗っていく少年の横で、わたしは綺麗になった食器を拭いていくという仕事を与えられた。
――これ、手伝っているって言えるのかな……?
多少の疑問を抱きつつも、下手に手を出して邪魔をするのも
「ありがとうございます。それで、最後ですよ」
「はい」
「紅茶で良いでしょうか? 淹れますので、飲みながら話しましょう。もうすぐエルサさんも来られる頃でしょうから、一緒に向こうで待っていてくださいますか?」
エルサさん……おそらく、昨日の女性のことだろう。
そう判断し、私は彼に頷いてみせた。
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえ。申し訳ありませんが、エルサさんのお相手をお願いします」
肩を竦めながら、お茶目に頼まれて。二人でくすりと笑いあう。
頷き、わたしは先に調理場を出た。
するとそこには、タオルで髪を拭きながら欠伸をしている女性が立っていた。
「お、セナ。よく眠れたか?」
「は、はい」
彼女が昨夜に出会った女性だということは、すぐにわかった。
長いブロンドの髪が濡れて、艶やかだ。どうやら、シャワーを浴びてきたらしい。
昨夜は左分けに流されていた長い前髪が、タオルによって今は無造作に顔を覆っている。それをスッとかきあげて、無意識か――こちらを流し見る綺麗な緑の瞳に、どきりとした。
そんな色気のある大人の表情も、しかし。女性は纏う雰囲気をぶち壊すかのように、次の瞬間には豪快に笑ってみせていた。
「何だよ、何だよ。ぎこちねえな! やっぱりわからねえのか? あたしのこと」
「す、すみません……」
「ま、良いけどよ。なあ、あいつ、奥にいるのか?」
「そうですよ! すぐに行きますから、セナさんのご迷惑にならないように、静かに待っていてくださいね!」
「あいよー!」
彼女の声が調理場まで聞こえていたらしい。
彼から投げかけられた言葉に、女性は気の抜けた返事をしていた。
「よいせっと。ったく、子ども扱いしやがって……」
ぼそりと、独り言だろう。唇を尖らせながら、呟いて。どかっと席に着き、長い脚を組む。
とても綺麗なひとだ。同性のわたしでも、思わず見惚れてしまう。
「セナも座れよ。遠慮するな」
「は、はい」
にかっと笑うブロンド女性の、向かいの席に座る。滴る水が、妖艶だった。
「またエルサさんは……髪はきちんと乾かしてください」
「あん? めんどくせえ。トーリがやってくれるだろ」
「それくらいは自分でなさってください」
少年が香り高い紅茶を運んできてくれた。すーっと吸い込むと、それだけでほっとして、顔が綻ぶ。
「良い香り……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「トーリ、腹減った!」
「はい。すぐにお持ちしますので、待っていてください」
言葉通り、少年はすかさず戻ってきた。女性の目の前に、先程わたしがいただいたものと同じ朝食が置かれる。
挨拶もそこそこに食事を始めた年長者の横で、甲斐甲斐しく世話をする少年。
わたしは、そんな彼らをこっそりと眺めていた。
そういえば、この二人。同じ部屋に泊まっているのだったか。
姉弟か……それにしては、似ていない。その上、姉をさん付けでは呼ばないだろう。ということは――
「セナさんは、お気になさらず。どうぞ、冷めないうちに」
「あ、はい。いただきます」
ふうっと息を吹きかけて。温かな紅茶に、口を付ける。
ほうっと染み渡る感覚に、息を吐いた。
「美味しい……」
「良かったです。まだありますので、遠慮なく仰ってくださいね」
「ありがとうございます」
にこりと微笑んで。それから少し真剣な顔つきになった少年は、女性の隣に腰掛けた。
「では、セナさん。改めて確認をさせていただきます。――やはり、何も覚えていらっしゃらないのですか?」
大きな口で掻き込んだのだろう。女性の目の前に置かれたプレートは、既に綺麗になっていた。
ぺろりと唇を舐めて。少年と二人、こちらを見つめる。
彼らの視線を受けて、わたしはおずおずと口を開いた。
「はい……ここが宿泊先の館だということは、今朝目が覚めた時、無意識に判断したのでわかりました。でも、それ以外は、何も……」
「そうでしたか……。仰る通り、ここは宿泊施設になっている館です。ボクたちは、昨日ここへ着きました。そこで、セナさんにお会いしたのです」
「じゃあ……」
「ええ。申し訳ありませんが、ボクたちはセナさんと食事を一緒にさせていただいた程度の知り合いです」
「そう、でしたか……」
「まあ、そう肩を落とすなよ。起きたらここが館で、泊まりに来たってことを思い出したんだろ? だったらよ、他のことだってふとした時に思い出せるかもしれねえじゃねえか」
けらけらと笑って、にやり。大胆不敵という言葉が似合うひとだと思った。
確かにそうかもしれない。起きた時だってそうだった。
どこかに失くした探し物だって、必死な時は見つからないのに、止めるとどこからか出てきたりするものだ。
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