第22話 プレイドール
鉄の扉を叩く音が響く、少しの間を置いて扉は音を立てながら開いた。
「どちら様でしょうか?」
扉から顔を出したのは、紛れもなくエルだった。
白い施設着を身にまとった、写真と同じとても美しい娘で見た目や声の調子、雰囲気からも今の彼女が健康的であることが伺える。
突然の来訪者に驚いている彼女に、バグウェットは念のため渡されていた写真を見せた。
「エル・オーラスで間違いないな?」
「え、ええ……そうですけど」
「あんたの父親に頼まれて来た、少し上がってもいいか?」
「……どうぞ」
顔を曇らせながらも、エルはバグウェットたちを部屋へ招き入れた。
部屋の中には新居特有の独特の香りがし、白を基調とした2LDKの部屋は整理整頓されており窓からは太陽の光まで差し込んでいる。
リビングに通され、三人がソファーに座るとエルもまた向かい合うように座る。コーヒーでも淹れようかと彼女は提案したが、お構いなくとバグウェットは身振り手振りで伝えた。
「それで今回はどのような用件ですか? 父は一体あなた方に、何を依頼したというんですか」
「単刀直入に言う。俺たちはあんたの父親、パトリック・オーラスからあんたを探すように依頼された。見つけて連れ戻してくれってな」
「父が……」
「心配してたぜ、俺たちみたいな人間を頼る程度にはな」
「ですからエルさん、一度お父さんの所へ戻りましょう。せめて居場所くらいは教えてあげないと」
バグウェットとシギの言葉を聞き、エルの顔にはあからさまに陰ができた。
彼女の絡ませた両手は、小刻みに震えている。
「私は……戻りません」
小さい、絞り出すような声だったが妙に耳に残る声だった。
戻らない、彼女は確かにそう言ったのだ。
「どうしてだ? 理由を聞かせてくれ」
「私はここで生きていくって決めたんです、誰に何と言われても」
彼女がそう話したと時を同じくして、玄関の扉が開く音が聞こえる。
廊下を歩く音が聞こえ、その人物は三人の前に現れた。
「ごめんね、遅くなった」
来客がいたとは知らなかった、男はいつものようにエルに話しかけながら部屋に入る。
男は食料品の買い出しに出ていた、本当はもっと早くに戻ってこれるはずだったが、二つ下の階に住むお喋りな知り合いの老婆に話しかけられ、つい帰りが遅くなってしまった。
老婆の話は取るに足らない内容だったが、それを無下にするほど男は冷たくない。
目の前に現れた人当たりの良さそうな青年、三人は全員がその顔を見た瞬間に察した。
この男こそが、エルの死んだ恋人であるバーウィンなのだと。
「あれ? お客さん?」
人懐っこい笑顔を浮かべる幼さを残した顔、それを見たバグウェットは気分が悪くなる。
巧く造りすぎだ、と。
「初めまして、バーウィン・ハーパーです。ええっと……エルの友達……かな?」
「……父の友人なの、その……奥さんが亡くなって……それで」
バーウィンは、その言葉と共にバグウェットたちを見た。
なるほど、確かに彼らの姿は父親と母を亡くした姉弟のようにも見える。その実態が血の繋がりもクソも無い、ただの寄せ集め集団だとすぐにはバレない。
「そうですか……それはお気の毒に」
いかにも悲しそうな顔をしたバーウィンは、バグウェットたちに憐れみの目を向ける。バグウェットはもちろんだが、シギもまたその人間のフリをしたアンドロイドを見て気分が悪くなっていた。
「お邪魔でしょうから、僕はもう少し外に出ています。エル、あとで連絡して」
「分かった」
頭を下げ、バーウィンは外へ出て行った。
もしバーウィンが死んだという事を知らなければ、彼が部屋に入ってきてから頭を下げて出て行く瞬間まで、彼の事をアンドロイドとは誰も思わなかっただろう。
それほどまでに彼の言動や表情は真に迫っていた、それが余計に二人にとっては気持ちが悪い。
「へえ、よくできてるじゃねえか。あんたの彼氏はよ」
「ちょ……ちょっとバグウェット!?」
リウは思わず隣にいたバグウェットの服をひっつかむ、あのバーウィンが造りものだとしてもエルにとっては心のよりどころには違いない。
今の彼女にとってはあれこそが、バーウィンなのだ。それを思い切り造りもの扱いするのは、どう考えても悪手だった。
「そんな……そんな言い方やめてください!」
エルは驚くほどに取り乱した、いまにもバグウェットを刺し殺してしまいそうな剣幕で彼に怒鳴る。
だがそれを前にしても、バグウェットは態度を崩さない。
立ち上がると、憐れむような見下したような目で彼女を見下ろした。
「なんでだよ? 実際のとこ造りもんだろ、こんな地下で造りもんの彼氏と生活をいつまでも続けるつもりか? お人形遊びも大概にしとけよ」
「……っ!」
立ち上がった彼女はシギやリウが止める間もなく、バグウェットの顔に渾身の平手打ちを叩きこんだ。
パチンという頬を叩く音が部屋に響く、彼の頬に強い痛みが走る。
本来ならばこの場面で泣くのはバグウェットの方だ、もちろん彼はエル程度の小娘に頬を叩かれた所で泣きはしない。だがこの場で泣く役回りなのは間違いなく彼のはずだった、だというのに泣いていたのは叩かれたバグウェットではなく、叩いたエルの方だった。
「どうして……どうしてそんな事を言うんですか!?」
「怒んなよ、事実だろうが」
「バグウェット……その辺に……」
「そうよ……落ち着いて話を……」
シギとリウの静止の言葉も虚しく、バグウェットはエルを睨みつけた。
「お前の親父はずいぶん優しいみてえだからな、俺が教えてやるよ。お前の彼氏、バーウィン・ハーパーは死んだんだ!」
「やめて……」
「クソみたいな強盗に襲われて!」
「やめて」
「死んだんだよ!」
「やめてええええ!」
その悲鳴は、あまりにも悲痛だった。
聞くだけで心が張り裂けそうな、事情を知らない者が聞いたとしても彼女の過去を察する事ができそうなほど悲痛な叫びだった。
耳を塞いでうずくまったエルは、息も荒くボロボロと涙を流しながらどうにか息をしている。
息を吸うという日常的な動作さえ、今の彼女にとっては難しいものとなってしまっていた。
「やめて! 彼は死んでない、ここにいるもの! 私はもう戻らない、あの人がいない世界になんて価値は無いの! もう誰も私を愛してくれてなんてない、父親でさえも!」
そう言ったきり、エルは泣き出しまともに話ができるような状態ではなくなってしまった。
バグウェットの言った事が正しいかどうかはともかく、エルを深く傷付け追い込んでしまったのは間違いない。リウが何か言葉をかけようとあたふたしていると、部屋のドアが勢いよく開け放たれ四人の警備員が入ってきた。
「こちらにお住まいのエル・オーラス様のバイタルに、激しい変化が見られました。この状況を見るにその原因はあなた方にあると我々は判断し、強制退出を命じます。どうか抵抗なさりませんように」
二人の警備員はバグウェットの両脇を抱えると、無理矢理部屋から連れ出した。
シギも抵抗する事無く、警備員に従い部屋を出る。
「あ……あの! 今日は本当にごめんなさい!」
リウは警備員に手を引かれながら、謝罪の言葉を口にした。
あまりにも落ち込んでいたエルの姿を見て、ただ帰るわけにもいかなかった。
「私……私も! おんなじですから! また、来ますから!」
そんな言葉を残して、リウは部屋を連れ出されてしまった。
バタンと扉が閉まる音がし、エルはようやく涙で濡れた顔を上げる。静かになった部屋で、彼女はふと閉まった扉に視線を向けた。
「私と……同じ?」
エルの去り際に放った言葉は、乱れに乱れた彼女の心にいつまでも残り続けた。
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