第15話 ガドリングフィールド

「くそっ……くそっ! 舐めやがって……!」


 ローグの怒りはすでに限界を超えている。

 すでに半数以上の部下を殺され、拠点としていた建物は戦いのせいで廃墟と言っても差し支えの無い状態にまで破壊された。

 恐らくラインズからの報酬も約束されていた額が支払われる事は無いだろう、彼の頭の中はただ怒りで埋め尽くされていた。


「何とかしてあいつらをぶっ殺さなきゃ気が済まねえ……」


 怒りに体を震わせるローグの元へ、部下の一人が木箱を持ってきた。


「何を持ってきたんだ?」


「こいつで奴らを吹っ飛ばしてやりましょう」


 部下が木箱を開けると中には大型手榴弾が五つ入っていた、前の仕事の時に銃と一緒に奪った物だ。

 一つでも強力な大型手榴弾を五つも使えば、コンテナごとその陰に隠れている二人を吹き飛ばす事も出来る。ローグは木箱から、意気揚々と手榴弾を取り出した。


「いいか、一斉に行くぞ」


 手榴弾を構え、呼吸を合せる。


「投げろ!」


 ピンが抜かれ、バグウェットたちが隠れているコンテナに手榴弾が放られた。

 やがて建物全体を揺らすほどの爆発が起き、コンテナが吹き飛ぶ。爆発が終わり、ローグたちは勝ちどきを上げながら隠れていたコンテナから飛び出した。


 あれだけの爆発、生きているはずが無い。そう判断したローグは、自分に歯向かった愚かな男の死体を見てやろうと歩き出した。



 爆心地を静寂が包む、はずだった。

 彼らは喜びの余り聞き逃していた。

 

 立ち込める煙の中から聞こえる風切り音を。


 それに唯一気付いたのはローグだった。彼は音に気付いたが、それを部下に忠告する事無く自分だけが近くにあった瓦礫に飛び込み姿を隠してしまった。


「それ、ちゃんと持っててくれよ」


「うん」


 バグウェットは自らの義手をリウに預けていた、ずしりと重い鉄の腕。温度を感じる事すらできないはずの腕に、彼女は確かに熱を感じていた。


 バグウェットの右腕には、ガドリングガンが腕の代わりに取り付けられている。重く黒光りするそれは、バックの中で命を食い荒らす瞬間を待っていた。


放たれる弾丸は束の間の喜びに浸っていた男たちに向かう、彼らは今日まで罪を重ね続けていた。

 盗み、殺し、犯し、ありとあらゆる悪に手を染めていた。彼らはその行為に罪悪感を抱く事は無い、これまでもそしてこれからも。


 彼らはこの世界では力の無い者が悪いと考えていた、弱いからこそ奪われるのだと理解していた。その考えは正しい、この世界では弱い者から死んでいく。


 現に彼らも弱いからこそバグウェットの放つ弾丸に体を打ち砕かれ死んでいく、その体にこびりついた罪を洗い流すように、今までの悪行を贖うかのように男たちの体は引き裂かれていった。


 銃身が徐々に速度を落とし、その動きが完全に止まった。

 その時バグウェットの眼前に、人の形を保っている人間は一人もいなかった。



「終わったの……?」


「いや、まだいるな」


 バグウェットは瓦礫に向かって銃身を向け、再び回転させ始めた。


「そこにいるんだろ? 言っとくがその程度の瓦礫じゃそう長くは持たねえぞ」


 ローグには既に抗うだけの気力も、武器も何一つなかった。彼は両手を上げ、唯一の抵抗として不機嫌そうな顔をしながら瓦礫から姿を現した。


「派手にやってくれたじゃねえか、失明弾なんて汚ねえ真似しやがって」


「生きてる間はベストを尽くすってのが信条なんでね」


「あんなもん持ってるだけでも法律違反だろうが、正義の味方が聞いて呆れるな」


 憎らし気に話すローグを見て、バグウェットは静かに笑みを浮かべる。的外れも良い所だと、嘲るような笑みだった。


「俺は正義なんて曖昧なもんの味方になったつもりはねえ、第一お前らみたいな奴が法を語るなよ」


「ただじゃ済まねえぞ、お前らはチャイルドホールを敵に回したんだ」


「その時はその時、精々足掻くさ。てめえは消えろ、俺の気が変わらない内にな」


 舌打ちと共に、ローグは入り口に向かって走り出した。

 部下も拠点も無くしたがまだ再起の機会はある、再び組織を起こした時はあの二人を必ず殺す、そう胸に誓って雨の降りしきる屋外へ飛び出した。


 ローグは雨粒の冷たさを感じる間もなく死んだ、暗闇から放たれた無数の銃弾によって体を撃ち抜かれて。

 暗闇からシギが姿を現す、手にサプレッサー付きのサブマシンガンを携えて。動かなくなったローグを少し離れた物陰に引きずっていく、物陰にローグを置き頭に数発撃ち込んでからシギはバグウェットたちの元へ歩き出す。

 彼はバグウェットほど気が長くなかった。


「お疲れ様です、また大分無茶しましたね」


 床に座り込むバグウェットは疲れ果てていた、弾丸の衝撃のせいで体のあちこちが痛み、爆発からリウを庇った時に背中に傷を負ってしまいコートには血が滲んでいた。


「お前もさすがにやるじゃねえか、ヘイヘも真っ青だぜ」


「何百年前の人間と比べてるんですか、リウさんも怪我は大丈夫そうですね」


 リウはバグウェットの義手を抱えたまま、立ち尽くしていた。彼女はそっと義手を置き、バグウェットにしがみついた。


「……ごめんなさい」


 泣くリウの頭を、バグウェットが撫でる。らしくない、似合わない行為だと分かっているが彼はそうする他に何かできる気がしなかった。


「リウさん、そこはありがとうって言った方がバグウェットは喜びますよ」


 シギはニコニコと笑いながら、リウを覗き込む。

 涙を流しながらリウは顔を上げた。


「二人とも……本当にありがとう」


 バグウェットは二人に体を支えられながら立ち上がる、ガドリングガンを外してしまいたいがそれなりに手間がかかる。

 彼は一秒でも早く事務所に戻り、休みたかった。義手をバックにしまい、疲れ果てたバグウェットの代わりにバックはリウが持ってくれた。


 三人が建物を出ようとすると後ろで物音がした、後ろを振り返ると見た事のある男が立っていた。


「お前ら……よくもやってくれたなぁ!」


 物音の正体はラインズだった、彼はバグウェットの放った弾丸を食らったらしく、右肩から血を流している。

 もはやその目は、正気のものとは到底思えない色をしていた。


「……生きてたのか、運の良い野郎だ」


 ラインズの視線は、呆れたような視線を向けるバグウェットではなくリウに向けられた。


「全部お前のせいだ、お前が大人しく人形にされてりゃ良かったんだよ! 見た目だけが取り柄のバカが……今日まで人間として生かしてやった恩を忘れやがって!」


 リウは何も言わずに唇を噛みしめた、赤子の時にラインズが彼女を拾わなければ彼女はここにはいない。例え微塵も愛情など抱いていなかったとしても、彼女が今日まで生かされた事は揺るぎようのない事実だったからだ。


「お前らも大馬鹿野郎だ、そいつは元々人間じゃねえんだよ! 人形を作るただの素材なんだよ!」


 気が狂ったようにラインズは笑う、シギは恐ろしく冷たい目をしながらそれを見る。


「すいません、喋らせすぎましたね」


 目の前のラインズを撃ち殺す事は容易い、シギは銃を構えようとした。だがそれをバグウェットが制した。


「人間じゃねえ……か、どうやらお前と俺たちとじゃ価値観に違いがありすぎるな」


「そうですね、分かり合える気がこれっぽっちもしません」


 憐れむような目をするバグウェットとシギ、その二人の目が、表情がラインズは気に入らない。

 孤児院の子供たちやリウは、その存在に価値はない。自分が使ってやる事で初めて価値が生まれる、ラインズは疑う事無くそう信じていた。


「ならお前らの言う人間ってのは一体なんだ!」


 答えは決まっていた。

 それは言葉にしてしまえばひどく簡単に思えてしまう事。

 だが簡単故におろそかにされてしまう事。


「ありがとう、ごめんなさい、この二つを淀みなく言える事それだけだ」


「意外と難しいんですよ?」


 言葉を失ったラインズは膝から地面に崩れ落ちた、そんな下らない理由とは想像していなかった。もっと自分を納得させるだけの理由を語ると思っていた、そんな大昔の教本にでも載っているような言葉を吐くとは思っていなかった。


 ラインズは目の前にいる男とは、もう何を話しても無駄だと察した。


「お前もなんか言ってやれ」


「え……でも」


 バグウェットはリウに心の内を吐き出すように言った、だが彼女は自分が何を言えばいいか分からずに躊躇ってしまう。


「思った事をそのまま言えばいい、ここでケリつけとけ。後悔するぞ」


 その言葉はどこか自戒の意を含んでいる、リウは自らの心に浮かんだ言葉を素直に伝える事にした。


「院で過ごした時間は……」


 そこまで言いかけてリウは言葉を止めた、自分が言いたいのは本当にこんな事だろうか? そんな疑問が浮かんだからだ。

 何かに気付いたようにシギとバグウェットを見る、二人は笑っていた。リウの本当に言いたいことを理解したように。

 リウは大きく息を吸いこんだ。


「あんたはろくな死に方しないわよ! このバーーーカ!!」


 彼女の精一杯の罵倒がラインズに響いたのかは、彼の恨めしい表情と何も言わない様子からある程度は察せられた。

 三人はラインズに背を向け、歩き出した。 





「じゃあ俺らも帰るか」


 オルロは満足げな表情を浮かべる、彼は一本の映画を見終わったような充実感と脱力感を感じていた。


「でしたら早めに撤退しましょう、チャイルドホールと鉢合わせるのは勘弁してほしいですからね」


 バーレンとオルロは連れだって歩き出す、その後ろを追いかけるように五人も歩き出した。

 今思い出しても背筋が冷えるようなバグウェットの戦いぶり、それは五人の脳裏に恐怖を植え付けた。


「あれが俺たちが人身売買をやらねえ理由だ」


 その五人の様子に気付いたオルロが口を開く、彼の組織リリアックはフリッシュ・トラベルタでは珍しい人身売買を行わない組織の一つだ。

 

「なるべくあの人の地雷を踏まねえようにしないといけねえ、お前らも下手に悪い事すんなよ?」


「回り回って自分に返ってくるからな」


 



 路地の陰に隠しておいたシギのライフルが入ったバックを回収し、暗い夜道を雨に打たれながら歩いていた。


「シギ、タクシー呼んでくれよ」


「三人とも体中ビチャビチャなんですよ? 雨天料金取られますけどいいんですか? バグウェットに至っては流血料金も取られるでしょうね」


「余計な出費だが……さすがに歩いて帰るのもなあ」


 冷たい雨に打たれているはずだが誰も文句は言わない、晴れている時と変わらずに歩く中、リウがふと立ち止まった。


「あの……私」


 リウは何かを言おうと立ち止まった、だが二人はその何かを言わせてはくれなかった。


「僕はリウさんの事、可愛いと思った事ありませんからね」


「止まんな、さっさと行くぞ。俺は疲れたんだ」


「……うん!」


 リウは口に出そうとした言葉を飲み込んだ、今更何を迷う事があるのだろう。

 三人はまた歩き出した。

 

 リウは雨の冷たさを感じない理由が分かった気がした。

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