第98話 対流の想起。3/5
***
と、
「デュエラ。声を静かに——あの男とは、どのタイミングで会ったの?」
扉を心なしか急いで閉じて、カジェッタの家屋の厨房の入り口前でデュエラを肩を押して屈ませたセティスは、ひそりと彼女にアディと共に居た経緯を尋ねる。
「え、ああ……えっと、セティス様の伝言を伝えに行く為にこの家を出て追い掛けて行ったので御座いますが、何故か直ぐそこの建物の影にカト……えっと、あの……隠れておりまして」
するとセティスの密談の意図を察したか、デュエラも彼女の真似をするように声を潜ませて応えようとする。が、何処かぎこちなく
「——仮面の騎士?」
そんなデュエラを悩まし気に
「あ、はい。そうなのです、そうなのです……それで事情を聞きましたら、道に迷っていたあの方様に出会わぬように隠れていたと、それで伝言を伝えて——
ワタクシサマは戻らねばと思い、仮面の騎士様が見つからぬように注意を引いて欲しいとも言われたので、この家の前であの方様と出会いましたのです」
何故ならばセティスの気遣いで
「……そう。もう言われているみたいだけど——あの男の前で、仮面の騎士の名前は絶対に言っては駄目。名前を知られると面倒な事になる」
そんなデュエラの説明を聞き、取り敢えずと安堵のひと息を漏らすセティス。しかし僅かに肩の力を緩めたのも束の間、改めてと身と心を引き締めてデュエラへと釘を刺す物言い。
「はい……敵には、本当の情報は与えてはならない。イミト様やクレア様にも教えられているので御座いますから、ワタクシサマ、こんばんわと挨拶をしただけで御座います」
「よし……なら問題は無い。さすがデュエラ、良く出来た」
それにて神妙に応えたデュエラに対する杞憂に終止符を打ち、魔女は大人びた表情で少女の頭を撫でて厨房へと立ち上がる。
「へへ——それで、今晩の御飯はどうするので御座いますですか?」
すれば少女も立ち上がり、セティスの小さな背を追うように声を掛けた。
古びた木製家屋の床は軋み、些かと漂う埃混じりのカビ臭さ。
「ん。カジェッタさんの土産は……パンと、これは鳥の……肉料理かな。これだけじゃ物足りないから何か有り物の食材で軽くサラダとスープでも作ろうか」
受け取っていたカジェッタの土産の紙袋を開けて、中身を確認したセティスは厨房に備えられているテーブルに荷物を置く。
そして見渡すは確かに暫く使われていなかった寂しげな気配が漂う厨房の景色。
「はい‼ 何でもお手伝いするのですよ。イミト様に習ってる包丁の使い方も、もっと練習したいで御座いますから」
「その前に——少し洗い物からかな。男の一人暮らし、少し世話になってるし。アレが此処にいる間は、向こうも襲っては来ないだろうから。問題は仮面の騎士の方と……それと——」
見えた清潔さの欠片も無い厨房に対し、ヤル気に満ちたデュエラの意気込みも
***
そして場面は戻り、セティスが意味深に視線を向けた扉の向こう側の話にも戻る。
「……という訳で、是非カジェッタ殿のお力添えをお願いしたい。事情は昼頃に
中略された説明を並べ終え、聖騎士アディ・クライドは真っ直ぐに真剣な瞳でカジェッタを見つめて真摯に賢人の助力を願う構え。椅子に座る背筋は正しく、下げた頭は決して軽くは思えない。
「それに戦いが終われば橋の下に溜まっているという瘴気の浄化作業にもリオネル聖教が全面的に協力するという
けれど——カジェッタの顔色は変わらずの怪訝、それどころか眉を顰めて吸い掛けだった葉巻の火種をグリグリと押し潰す様は不機嫌にすら見えて、最後に吹かす紫煙には、しょうもない駄洒落と相成るが私怨すら込められているようだった。
「なるほどな……裏の事情を知りつつ、色々と黙認することを条件にあの馬鹿と折り合いを付けたって所か……あの馬鹿と交渉したのは、あの胸糞悪い細目の兄ちゃんだろ」
カジェッタ自身が、これまでに体験し、或いは耳にしてきた情報。それが線と線が繋がるような口振りで渋く言い放つ言葉——末尾にあったソレは問い掛けではあったが、確信めいた口調。
——暗躍する勢力。
「え、ええ……確かそうだったと。私は兵の
様々な人間、幾つもの勢力が国を構成しているように、街や組織もまた等しく。カジェッタの問いに戸惑いつつも無垢に頷くアディや扉向こうのセティスらを思い返してみれば、その存在に気付くのも道理であろう。
戸惑いの表情で少し小首を傾げたアディを尻目に、口に含んでいた葉巻の煙の熱で渇いた喉をそこらの水で
——暗躍しているのは、果たしてリオネル聖教の内部に潜む過激派だけであろうか。
「まぁどっちでも良いがな……アイツも迷宮最深部までの行き方は知ってんのに、わざわざ俺に頼むって事はどういう事か分かってるかい、兄ちゃん」
「——……」
否——暗躍するは、それだけでは無いのだろう。含みのある言い方で再びを若く誠実な騎士アディ・クライドへ遠回しに問う
「どうせ仕事が忙しいだのなんだのと理由を付けたんだろうが、奴は街の状況に沈黙を続けてる俺の口を封じたがってるに違いない……
最近じゃ、街の発展と周辺の現状に対する疑念や予算の使い方に文句を言う奴も少しずつ増えてきた。それを利用してあの馬鹿の持ってる権力を得ようと俺みたいなもんを
その街に淀む不穏に、さしもアディも気付いたのかもしれない。カジェッタとアディの間にある空気がピリリと張り詰めるのだから。
だが——
『あ、セティス様‼ そちらに虫が行ったので御座います‼』
バン、バン‼
形容し、擬音とすれば安易にそんな音響。そこらの泥棒を無慈悲に撃ち殺すような音響は再びと世界に二発ほど響き渡り、更には——
『ひゃああ⁉ 足が飛び散ったのです‼』
少女の嫌悪が
「「……」」
「——だが、気が変わった。兄ちゃんも悪い輩じゃなさそうだしな……ただし——作戦とやらの前後の詳しい話はもう少し聞かせて貰うぞ。俺ぁもう二度と、ロクでも無い馬鹿な夢に付き合いたくはないからな……出発は明日だったか」
しかしながら聞かなかった事にして進める話。
暗に示すは、前提を踏まえて真剣さと真摯である事を揺るがすなという警告。
「……はい。協力、感謝いたします。作戦中の身の安全は必ず、このアディ・クライドが全霊でお守りいたしますので宜しくお願い致します」
山橋の街バルピスが抱える暗部の存在に、アディもまた心を引き締めた様子でそんなカジェッタに向き合っていくのである。
——。
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